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ある骨董商(前)

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小生が長くお世話になったアマチュア写真のリーダーY氏は中年時分から骨董を始めたようだ
といっても趣味ではない、商いとしてである
そういうことで写真の目利きは別としても骨董を見る目は確からしい
骨董というとすぐにテレビの〝なんでも鑑定団″を思う人も多いが、ああいう掘り出し物には普通お目にかかれることはない
もうこの時代になって世に隠れていた本物がそう簡単に現れることはないというのが常識らしい
博物館の学芸員とは違って町の骨董商はコレクションの相場を作っていくこと、
わかりやすく言えば、高い目の値をつけるのが仕事で、物と相場を動かして・・やっと“なんぼ”の世界らしい

それでも、いいものはY氏が見てやると、その“いいもの”が、「買うてくれ、買うてくれ」と訴えるように言うらしい
本人の弁である
そんなこと言えば世間ではごっつい金額を思うが、Y氏のレベルは2~3万円くらいらしい
声を聞いたY氏は迷わず買う、その茶碗は5万位できっちり欲しい人の手元に届いて喜んでもらえる、そういう図式だ
倍ほどの値打ちがあるのに半分の値しか付いてないので茶碗がY氏に泣きついているのである
騙されたことはあるが騙したことはないというのが人生の達人Y骨董商の身上だ
数万円の茶碗の売り買いが出来るというのは手堅いながら上級骨董商の部類らしい

(この項続く)
鯵庵(30.9.30)

by ajiankyoto | 2018-09-30 10:13 | 家族 | Comments(0)

今週のキーワードその2

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苦渋の選択
断腸の思い

男の言葉である
随分軽くなった気がするが
これを言うのはもう戻らないときだけである
3日、4日はこの言葉も考えてみよう
鯵庵(30.9.27)

by ajiankyoto | 2018-09-27 18:08 | 翁草 | Comments(0)

行事の軍配

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秋の場所興行も終わった
横綱が全勝した
相撲の神様が微笑んでくれたと言う

横綱の負けで軍配を上げた
物言いがついて・・まではよかったが
同体なら仕方がないと思っていた・・が
行事差し違えの判定
刺し違えた軍配は懸賞金のお盆
ン百万の懸賞金と横綱のガッツポーズは、ごっつう嫌みだ

同体なら、横綱に上げるべきであると言われてる様(さま)である
それなら本当は反対じゃない
審判に意見も言えない??!!
相撲の神様は行事には憑(つ)いていないことがわかる
軍配の 仕事一筋 差し違い
それにしてもここまで来てなおつらい仕事だろうね
現に立行司もいなくなった
ここでは、もはや、行事は育たない?

家にいるとなんとはなく相撲を見てしまう
テレビの解説もおざなりだ、あわせて空しい
鯵庵(30.9.25)

by ajiankyoto | 2018-09-25 10:19 | 翁草 | Comments(0)

親を超えられる?

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もう30数年も前に読んだ本にこんなことが書いてあった
親が本当に子供に望んでいるのは成績じゃない
実は子供の性格なんだと
子供の性格は環境によって作られるが、子供にとっての環境のほとんどは親と親との生活空間である
性格などと言うから、多様性なり個性などと言う言葉が乱入して来て分からなくなってしまう
性根(しょうね)と言いかえれば理解しやすい

すぐに地べたへ寝転がる子
理屈を言って学校へ行かない子
人から金を巻き上げる子
友達を売る子
平気でうそがつける子
あるいは上手にうそがつけない子
金を簡単に借りる子
食生活と味覚が歪(いびつ)な子
異性に興味を持たない子
異性を極端に卑(いや)しめる子
成長しては、幾つになっても働かない子
あるいは・・・親の金を当てにして生きてる子
などなど・・こんなことを性格などと言っていたら、これからどんどん増えるよ
性格(せいかく)は遺伝しないが性根(しょうね)は遺伝する

父親が注意
何故なら子供は必ず親の真似をして親を超えるよ
特に悪いことは
親が並の下では超えたとて仕方がない
親子の不幸である
30年以上前の話です
はたして増えたかどうかは・・
鯵庵(30.9.22)

by ajiankyoto | 2018-09-22 09:10 | 家族 | Comments(0)


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最後に私はマイルドセブンの1ミリグラムを吸っていたが
いずれにしろ私が止めた頃の2倍の値段に驚く
それにしても銘柄が多すぎる・・・・

ついでながら・・・タバコ屋は少ななったね
自動販売機はあるが店番のいるタバコ屋は少なくなった
だが、コンビニがタバコを扱うようになったら、逆にコンビニの数だけタバコ屋が増えた計算だ
タバコを買う人が減ってしまったから市場としては縮小傾向にある?
路地の住民にとってタバコは嗜好(しこう)の第一だったけれど、
この頃は路地の住人には手の届かない値段になってしまった
年金では買えない
あれほど税金払っていながら肩身が狭いのには憤慨したが、結局、小生もやめた
やっとやめられた、と言うところ
医者に言わせえば間に合ったかどうかは分からないと言う
だがしかし、パートに行こうとしたらスモーカーでは仕事がない

街角にあったタバコ屋、看板娘でなくとも、親切なおじいさんおばあさんが店番していた
誰でもタバコ屋をやれるわけではない
当時専売公社の専権事項だった
ゆっくり店番しながら、実は近所のパチンコ屋にタバコを納めていた
一箱何円の売上手数料だ
パチンコ屋の景品の一番はタバコだった時代のことである
バーもスナックもタバコ代はたて替えで、つけで飲むときもタバコ代は取られた

タバコ屋をやっていると世の中の景気も分かった
町内の民生委員みたいなこともあるし、情報通でもある、とある人が言っていた
何よりも町のタバコ屋は防犯ビデオだった、と
タバコ屋にとってかわったコンビニも町のよろずやさん
せめて町内に防犯ビデオくらい寄付してもいいのではないだろうか
鯵庵(30.9.21)

by ajiankyoto | 2018-09-21 07:56 | 都市 | Comments(0)

京都駅ビルの雨

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今の京都駅ビルは4代目の京都駅舎である
平成9年に完成した
その後・・
京都観光の出発点でもある
何よりも京都最大のターミナルである
が、何十メーターも上から雨が降ってくる

この前の台風でガラス張りの大屋根の一部が割れた
風が一番きつい時にカラスが落ちてきた
電車は早くから止まっていた
電車は止めても・・
そんなことは想定していないから速やかな修理も想定していない
コンコースの上の天井、どうして?いつ頃?なおるのか気にしている

1枚、2枚のガラスだととらえるべきではない
小さな予兆でもある
観光に浮かれる京都にも想定外が潜んでいる
観光客のためだけにある街ではない
それでなくともこれから起こることは皆想定外のことばかりでもある
鯵庵(30.9.20)

by ajiankyoto | 2018-09-20 08:26 | 都市 | Comments(0)

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山城の国と近江の国、山科から大津にいたる国境は逢坂山(おうさかやま)を越える
往古(むかし)から逢坂の関が設けられ、東国から都への出入り口である
今は京阪の京津線が走る
行政区域では京津線の追分駅・大谷駅などは大津市になる
京都市と大津市は県境ともども隣接している
逆に言えば大津宿から峠を越えて追分を越えて西へ進み京都三条に至る
あるいはまた追分から南へ下る(ならかいどう)と伏見の宿に至る

この大津追分の名物に走り井餅というのがある
インターネットで検索すると走り井餅本家というのが出てくる
そのHPのよれば「走り井」とは、この逢坂山から湧き出す清涼にして冷気凛々たり、とある、井戸の名前であることが分る
走り井餅を売る茶店は明治の初期まであった
その後日本画家の別荘に、現在は月心寺という寺になっている
以上が走り餅(いわゆる走り井餅の本家を名乗るHPから)の流れである

が、走り井餅は今・・石清水八幡宮の門前(頓宮の鳥居の前)にある
大津追分の名物走り井餅は明治43年に走り井餅6代目の4男にによって石清水のこの地に引き継がれたという
が、その後大津の本家は廃業、今は八幡のこちらの店が走井餅の直系の店である、とHPで述べている
京阪電車で追分から三条乗り換え大阪へ向かってほぼ30、40分の移動である
神仏混淆の八幡宮が神道の石清水八幡宮に戻って150年
この走り井餅もこの地で100年の歴史になる訳である
100年も続けば大老舗である

石清水の名物は取り立てて残ったものはないが、走井餅がきたことになる
大津から継いだら現当主は10代目、今11代目が活躍している
本家の方の味も、ここ八幡の味もともにお取り寄せも可能だからどちらでもお好きな方を味わえばいい
11代目がブログを書いているようだ
見てみるとが面白いので小生はそちらの方を紹介する、と言う訳である

鯵庵(30.9.19)


by ajiankyoto | 2018-09-18 20:12 | 翁草 | Comments(0)

八幡大菩薩の松花堂

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男山には八幡社に所属する宿坊が四十八と言われるほどあった
これら宿坊も明治の神仏分離で全て毀(こぼ)たれた
生き延びて三代も続けば上手くすれば門前の茶店ですらいまどきは高級料亭と言われるくらいの変化はおかしくないのに、石清水には何も残らなかった
松花堂弁当、石清水八幡宮の社僧であった松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう・1584-1639)の宿坊に名前を由来する
日本全国の皆さんが方々で味わっておられる松花堂弁当は、むしろその後昭和の時代の料亭吉兆(きっちょう)の考案で広まったもの
八幡社の文化とは直接的なつながりはない
食い物の歴史というのは〝仕掛け″の世界だと思う

神仏分離の明治は松花堂昭乗の生きた時代から、270年も後の話
今は神仏分離のそのものの形跡がなくなった
吉兆は別にしても、料理屋の何の変哲もない弁当に松花堂の名前がついている
仕掛けた名前だけが残ってしまった
おかげで、松花堂跡の名前が案内地図にも残った
そんな手こねのいわれは当の松花堂にもいまさら頓着のしようもないって?

京阪特急のハトは石清水八幡宮のハトらしい
鯵庵(30.9.18)

by ajiankyoto | 2018-09-18 08:02 | 都市 | Comments(0)

八幡大菩薩その4


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本地垂迹の思想では八幡神は阿弥陀如来(あみだにょらい)の化身とも言われる
神仏習合の実態は複雑であるが、そんなことで八幡神(はちまんじん)への信仰は厚く、全国の1万も2万もの社があるといわれる
この社も明治の神仏分離(しんぶつぶんり)、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)まではご神体を僧侶が守っていた
明治元年(慶応4年・1868)の神仏分離令は神道のみを国教とする一方で廃仏運動でもあり、旧弊を一新すると・・
八幡社は応神天皇をご神体とし、神宮寺は廃され、僧は還俗させられた
全山の多くの仏教的堂宇が毀され、仏像・仏具が捨てられた
元の神名・地名に改めよということで国家神道として官幣大社(かんぺいたいしゃ)男山八幡宮となっていく
その後名前は石清水八幡宮に戻す
それでも大変賑わった
鯵庵(30.9.17)

by ajiankyoto | 2018-09-17 07:32 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

八幡大菩薩その3

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託宣とは神託ともいえる
神が人に憑くことであり、神の意思を人が宣べることである
国家の大事に神意を伺うことにある
八幡神はこの託宣という言葉に深くかかわっている

平安時代に入って、奈良大安寺の僧行教(ぎょうきょう)は石清水(いわしみず)の丘に八幡神(はちまんじん)を祀った
第56代清和天皇の時代(860)に社殿を設けた
それが石清水八幡宮である
平安時代前期に八幡神(はちまんじん)は応神天皇(おうじんてんのう)、その母神功皇后(じんぐうこうごう)であるとされ、それによって皇室を守護とする神として祀られるようになった
以後、神仏習合の例によって、八幡大菩薩であるとともにホンダワケノミコト(応神天皇)と同一視されていた
平安後期になると武士階層が台頭し、八幡神(はちまんじん)を武神として崇め、特に、清和天皇は源氏の祖、武家の源氏が八幡神を氏神とし全国各地に勧請した
石清水八幡宮の社格は極めて高く、二十二社の中でも上七社に位置づけられる
しかも伊勢の神宮に次ぐ社格である
鯵庵(30.9.15)


by ajiankyoto | 2018-09-15 21:40 | 地蔵菩薩 | Comments(0)