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番号をそのままで他社と契約するのを”乗り換え”というらしい
契約した時に「最低2年は使ってください、その分サービスします、その代わり途中で解約すると違約金が発生します」
ただし、2年後の一定の時期に限り解約には違約金は発生しません、これを2年縛りと言う
契約書には「違約金」ではなく「解約金」と書いてます
サービス条件付きの商取引としては常識の枠の中かもしれない
そこまではいいのだよ・・
2年も過ぎればサービスのノルマは果たしたと思っていると、実は2年後には自動継続しているわけである
同じ契約内容で契約を継続したことになっている、それが問題だ

携帯3社ともが2年拘束サービスの損害金として一律に解約金(9,500×1.08)を課してしているのは不自然である
しかも、解約月以外であれば短期であれ長期であれ損害が発生とするというのも不自然である
乗り換えならキャッシュうバックしますし、解約した方がお得ですよと解約金をキャンペーンのネタにするのも不思議な業界だ
解約金イコールキャッシュバックでは、傷つけながら互いに膏薬を塗りあってるようでもある
解約金の取り込み合戦をしているだけのことである、取り込みではなく配分だとも見える
京都には、消費者団体訴訟(NPO京都消費者契約ネットワーク)でずっと3社を訴えて闘ってきた経緯がある
残念ながら「契約」の壁は厚く高く最高裁で上告棄却されたままになっている

番号さえ変わらなければレガシーは引き継げる_b0355451_07355376.jpg
何万円もする機械代を考えると乗り換えも躊躇する、販売する方は「実質0円」にしなければ乗ってこないだろうというのは当たり前だ
値引きやキャッシュバックやいろんな方法があるので「実質0円」という
が、3社とも表面上証拠が上がらないようにしている
総務省の指導は、「実質0円」の原資は通話料だから通話料が高止まりする原因だと言っているが、そこまで分かっているなら指導の方法もある筈だ
通話料には解約金の分配も含まれているはずだ

小生どうせ乗り換えるなら・・と3社以外のSIMカード方式に変えた
何のことはないが、3社が電波をまた貸ししている
20年前阪神淡路大震災の時に携帯電話の威力を知った
ポケベルから昇格してサラリーマンでも持てるようになってそれから勝手に一桁増えたけど番号は一生もので変わっていない
番号さえ変わらなければレガシー(?)は引き継げる
3社のメールアドレスの必要はない時代になっている
家計簿をつけている人は、家庭の通信費の額を足し算してみるといい
税金より多く払っている人もいるだろう
その原資を我々は何処に求めていくのだろう

競争原理が働かないなら電電公社に戻したら
一層のこと田舎の防災無線みたいに市営か町営にしたら・・
写真と本文は関係ない、単に小生のノスタルジーである
鯵庵(10.22)

# by ajiankyoto | 2016-10-22 09:07 | 偽装 | Comments(0)


祭/時代祭の梶女(おかぢ)のこと_b0355451_17203199.jpg
時代祭の京都の女についてもう一人語りたい
江戸時代婦人列のことだ
この行列で受けるのは幕末14代将軍家茂に嫁いだ考明天皇の異母妹和宮とややこ踊りの出雲の阿国ぐらいである
歴史(政治史)を知る人にとっては知らない方が不思議な女たちだ

この列には往時の都の庶民が出演するのだから、地味である、簡単に言えば良く分からない
京都の人も知る人が少ないのが、お梶(かぢ)と孫の玉蘭(ぎょくらん)である
お梶というのは5代将軍綱吉の元禄の時代に祇園社(八坂神社)の南門近くに茶店を構えていた
恐らくぼちぼち流行り出したお茶屋であろうか、だが、少女の時から歌をよくやるとして名があった

梶も14、15才で江戸に下ったといわれる
旗本某家の養女になったと指摘する研究家もいる
ただ、嫁いだ先を離縁になり、京都に帰ってきてお茶屋の主に戻ったのではないか
お梶の歌才は際立っていた、全国から歌人や風流人がお梶の歌を訪ねてくる
お梶の出自は不明となっているが、先の研究者はお梶の父は公卿の正親町(おうぎまち)家と推測している
お梶の生活と歌の後ろ盾であった可能性がある
それぐらいの血筋と素養と手ほどきとがなければあれほどの才能は発揮できるはずがないと考えるのが自然である
独身の茶屋の主と言うこと自体が仮の姿だったのだろう
それは歌人としての仮の姿であったろうが、死ぬまで京でこの祇園で生き抜くという本物の京女の形が出来つつあるころの話でもある

今はお梶のことだけしか語る間がないが、そのお茶屋を継いだお梶の養女が百合である
百合は母に負けず歌をよくしたが、祇園に隠棲していた徳山某と一緒になり町を産んだ
徳山某が江戸の徳山家を継ぐことになり身を引いてその後一人で娘の町を育てた
町こそ稀代の貧乏画家池の大雅と一緒になった玉蘭(ぎょくらん)のことである
当時の三人の女の生き方を説くには歌や絵画やに知識不足である
女3代これだけの才女が続いたということがテーマである

ただ、それが、時代祭の行列にふさわしいかどうかが小生にもわからない
時代はイコール歴史ではないし、歴史はイコール政治史でもない
身分いやしきと言われた祇園の茶屋の主が皇女和宮と一緒に行列する違和感はどうしてもなくならない
この列の特色でもある、どうしても解説がいる
ひょっとしたら、お茶屋が建ち始めた祇園の界隈にもこれほどの文化人がおったことを言いたいのかもしれない
時代祭は市民奉仕である、もう少し市民に説明しなければ梶や玉蘭を演ずる人はどんな歩き方をしたらいいのだろうか?と戸惑う筈だ
見物する人は、艶やかな巴を探していると行き過ぎる、江戸時代の都の庶民お梶も見て欲しい
時代祭の行列は10月22日だ、あなたがどう楽しもうとあなたの勝手だ
写真はフジバカマ
鯵庵(28.10.20)

# by ajiankyoto | 2016-10-20 07:41 | おなご編 | Comments(0)

私の林住期?

私の林住期?_b0355451_07163083.jpg
林住期とは生きるための仕事からリタイアして、人生とは何かを思考する季節・・・と作家の五木寛之が「百寺巡礼」で書いている
さて、これからは趣味も楽しみたいがどれも中途半端だし、病気にはなりたくないが先のことは分からない
家族のことも同じで、心配の種は尽きないが、いまさら零に戻すことも出来ない
多くの人たちと同じように特別な幸運は望むべくも無いが、いつか帳尻があったら人生“可(よし)”とするか
という気分である
たしかに、過去に誇りたいものもある、しかし、思えば過ちも無いわけではない
いいことだけを思い出すのも楽しいかもしれないけれど、過去を美化していくことは、それも一つの老化現象だと思う
どんな鋭利な頭脳の持ち主も意識しなければ老人化は防げない
いい思い出だけを語るなら、いっそのこと何も語らない方がいい・・のではと思ってしまう
結局今までのもので誇るべきものは何もないが、それでも今までと同じように生きていかねばならない

仕事もないと落ち着かない、社会との付き合いである
何も出来ないが何もしないよりはマシだろう
勿論その程度のことで何か見返りを期待しているのでも無い
いつまでも出来るとは思わないし、もっと何かをするかもしれない
社会の邪魔はしないつもり・・
やらしてもらっている間は世の中への義理も感じるのだが・・
他人に分かってもらわなくとも差し支えはない

この件に関しては未完成につき、予告なく変更する場合があります
写真は柿紅葉
鯵庵(10.18)

# by ajiankyoto | 2016-10-18 07:24 | 往生 | Comments(0)

若冲は伊藤若冲を知らない_b0355451_17140742.jpg
例によってJR奈良線稲荷駅の改札口は外国人ばかりである
何んとかその波を外れてランプ小屋の前を、石峰寺(せきほうじ)の方に向かう
それにしてもJRは国鉄時代の貴重な遺産(ランプ小屋)に無頓着だ、タバコの吸い殻が散乱する
住宅街の中を通って稲荷山の脇を上がっていく
石峰寺は京都の画人伊藤若冲(いとうじゃくちゅう・1800没)の墓がある寺である

寺の案内書によれば黄檗山萬福寺(※)の住職によって開かれたとある
「若冲の五百羅漢」が知られている
山の中に釈迦の誕生から入滅までを釈迦の教えにとともに数百の聖者たちの姿だ
若冲が絵をかいて、それを石工が彫ったということである
恐らく、人間臭い表情豊かな石仏群であったに違いない
木々や竹の隙間から光が入ればきっといい絵(写真)が取れそうな気がしたが、写真もスケッチも禁止であった
今はホトトギスが庭を飾っている
蚊に食われますよと若き住職さんが団扇を貸してくれた
今は、前には住宅が迫り来ててこの山の裏手は京都市立の深草霊園でもある

今年は若冲の生誕300年になるということもあって京都では若冲のブームである
京都市美術館でも若冲展をやっている
若冲はここで晩年10年ほどを暮らした
今も石峯寺は静かである
そもそもバスや車で入ってこれるところでないのが救いである
若冲に無縁な小生の勝手な話であるが、あるがままそのままこのままであってほしいと思う

外国人が日本の文化に憧れる 
お寺にも神社にも押し寄せてきている
隣接する伏見稲荷の参道や境内は外国人ばかりである
外国の方が多いので日本の方にはスミマセンね、と言うたら差別になるらしい
そう思うとなおさらあるがままそのままこのままそっとしてほしいと思う
人気画家ではあったけれど若冲は奇抜すぎる自分の絵が世間に評価されるには1000年かかるだろうと予言して85歳で没した
しかし、それから200年で歴史はいとも簡単に若冲に光を当てている

そのことを墓の中の若冲は知らないのである
喜んでいるとは限らない
そっとしておいてほしいというのはそういうことでもある
若冲が最後に選んだ五百羅漢とは仏陀の弟子である、インドから中国を経てはるばる日本に来た聖者である
思えば大勢の外国人でもある
日本の国はいつもそういう合理的矛盾を抱えている国だと思ってしまう
小生、芸術論を語っているつもりはない
写真は若冲の墓
鯵庵(10.17)


# by ajiankyoto | 2016-10-17 06:28 | 京都の水 | Comments(0)

第3の人生はリサイクル事業に似ている?_b0355451_17431134.jpg
絵描きが死ぬまで絵筆を離さないように、役者が舞台の上で死ぬように
小生も死ぬまで仕事をしたいと思っている
ごっつう大げさであるが・・体が動かなければ仕方ないので病に掛かれば別だ
もちろん小生、芸術家でもないし、土地を持っているわけでもないが、平たく言えば年金と健康と生きがいに関する諸事情がある
このご時世、概ね70才までは働くべきであると思っている

何よりも人生の時間のバランスというものがある
消費生活だけで80歳、90歳まで生きていけるはずがない
親の代からの都市移民である、都市移民の子がサラリーマンになれたらまぁ成功か
ただサラリーマンには厳然と定年があって、賞味期限が切れる
少し追加でまけてもらったけれど、それでは一生の仕事にならない
廃棄処分になって、定格出力も表示できなくなった今更、と言われると辛いけど、
せめてやらしてもらいたいと思ったのが寺男・墓守・作男なのだ

時代小説では寺男が出てくる
そんな一生寺男では本当に食っていけない、だが、今なら出来る
年令に似合う仕事なのだ
仏心で言ってるのではない
若い人では何かとパワーが余って収入が不足する
年齢の出力に見合った仕事というのが供給されていいのではないか
第3の仕事には遅かった、今どき寺男なんて仕事ないんだって
京都では観光シーズンになったら寺院関係の仕事も一気に増える
季節ものだからそれらはみな派遣専門の警備会社がカバーしている
そうである限り必ず65歳までの年齢制限がある
逆に65歳を超えて雇う方には助成金を出している

ちぐはぐである、それでも雇えない
助成金をたんまり出すから年寄りも雇ってやれでは、
65歳以上はリサイクル事業みたいだ
廃棄物も値段さえつければともかく廃棄物でなくなる
ハローワークにも賞味期限切れの第3の仕事は売ってなかった
会社にも人にも罪をしない仕事というのはないのだろうか?
写真はコスモス、よく咲き残っている
鯵庵(28.10.15)

# by ajiankyoto | 2016-10-15 06:39 | ハロー・ワーク | Comments(0)