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「巴は京女」に続く

義仲がいなければ都に来ることもない女だった
戦(いくさ)に連れていくための妾と言われるが、女武者でもある
馬乗りは得意だったかもしれないが、当時武芸というものはまだ出来ていない
闘争心のままに長刀を振り回すだけの女である
庶人が知る歴史は「物語」でしかない
荒削りの男のために精一杯武器を持った一人の女へのはなむけだろうと思う
最期を共にするはずが義仲に見限られた巴は鎧を脱いで落ち延びた
その後の巴のことは物語の外の話である

実はそこらからが能「巴」が始まるが、そのことを語る力は小生にない
亡霊になって義仲を慕うのも巴かもしれない
近江の粟津「義仲寺」にある義仲の墓の傍にある巴塚は見逃す人が多い
でも歴史に現れるのはこの都落ちの瞬間だけだ
平家物語の中でだけ輝く女武者だ
女を通し、かつ、それでも最後一人で戦っても討死しなかった巴の強さゆえの哀しさが京都人の涙を誘う
義仲と最後を一緒しなかったこの女を張った強く誇らしげな姿こそが哀れである
それは誰でも持てるものではない美しさだ
勝ち負けを超えた、善悪を超えた自分をはっきり主張している
それが京女の根性である?

平安時代婦人列ももちろん市民奉仕である
が、市民と言っても京都の花街や地域女性連合会がこれにあたる
行列に続く紫式部や・清少納言・小野小町というのも同じではある
しかしながら、鎧をつけて白馬にまたがって背筋を伸ばすことは気合の入ったプロの芸妓でも難しい
これが出来ると京女の代表と胸をはることができるらしい?
来年の時代祭のポスターになれる
生きるということは芝居気が必要だと思わされるのだが・・
鯵庵(28.10.13)

# by ajiankyoto | 2016-10-13 08:15 | おなご編 | Comments(0)

祭/巴は京女

10月の時代祭りは平安神宮の祭礼である
明治28年に平安遷都1100年を記念して始めた
今は1220年ちょっとだから、120年になるが、まだ120年ともいえる
平安京ゆかりの桓武帝と考明帝の神輿が主役であるが、維新以前の各時代の行列が出る
10月22日が行列の日である、京都観光の目玉にしたいという思惑である
もう一つの特長は市民奉仕である、出演は一般市民である
祭/巴は京女_b0355451_16503456.jpg
一番の見ごたえを言えば、平安時代婦人列の先頭、巴御前である
後白河院政の時代だだから平安時代が終わろうというときである
1184年7月に入京した源氏の棟梁義仲、義仲についてきた巴にとって都で暮らすことはどういうことだったのだろうか
信濃・木曽の山国育ちを卑下することなく、武者として、それでも女としての栄誉もあったろう
都の水で化粧することにも馴染んで行ったろう
だがしかし、都の風に戸惑った義仲は平安朝政界をしくじって、翌年1月に頼朝軍に京を追われ近江で死す
都での羽振りはたった半年のことなのである
巴は、女として京都に残ることなどに何の未練もなく、最後まで将軍だった義仲についていく
「木曽殿(義仲)に最後の軍(いくさ)して見せ奉(たてまつ)らん」というのが平家物語のセリフだ

都を落ちていく武将に戻ったが、その時は既に京女であった
京都で生まれたわけでもない、たった半年で何時の間にか京都の女になっている不思議な女性だ
巴は「色白く髪長く、容顔(ようがん)まことに美麗(びれい)なり」と平家物語にある
なお、それでもその時の巴が一番美しいと京都の人は感じた
華やかな時代祭行列で白馬に乗って胸張った巴御前というのは・・
実はたった数騎で義仲にしたがって都を落ちていく時の姿だと言えば読者の皆様はどう思いますか
歴史というのは男の舞台でもあるが、また女の舞台でもある・・
(この項、続く)
鯵庵(28.10.12)

# by ajiankyoto | 2016-10-12 07:39 | おなご編 | Comments(0)

普通陽性にこだわる

普通陽性にこだわる_b0355451_16213943.jpg

「酒の飲める女は器量よし」の三条カルチャーのスーパー講師の話の続きである
明るい性格はいいことだろう
陰と陽は半面性を持っている
陽性には「複合陽性」と「単純陽性」がある
明るいだけでは価値がない
努めて明るくするのも意味がない
私は「普通陽性」と言い、それにこだわるとスーパー講師M女史は言う

毎日暮らしているときには感じないが、京都の人はほぼ誤解の中で生きている
昔、都だった(あるいは国際観光文化都市)ことを自慢しているといわれる
京都人なら「そうどすな」と言えと言われる
京都の市民はそんな言葉は使わない
花柳界なら言うかもしれない
「そやね」と言ったら大阪弁やと言われたと、女史は語る
その女史、東山界隈散策で試しに人力車に乗ると
全国を回って来たという精悍真黒な車屋の兄さんに
お客さんはどこからですか?と聞かれたので
”いけず”のつもりで「東京どす」と答えた
「遠くの人で良かった、京都を案内しますね、京都の人はこの辺のことよく知っていて、その上裏表があって嫌いなんです」と
どっちが”いけず”や
その上教えてくれたのはNHK大河ドラマの寄せ集めやったけど
とても歴史ではなく、〔パロディ×漫談÷パロディ〕で面白かったと
ただし、お客は一見(いちげん)さんに限られるやろ

明るさにも暗さにも段階があり方向がある
こんな坂の多い街を大人二人も乗せて自分の足でベンチャラ言いながら走り回ることは客の3倍以上の体力と人格がいる
そんな立派な人が自分の個性は一つも見せず、明るくぺちゃくちゃ喋るのも悪いことではない
そんな明るさを「複合陽性」と言うみたいだ
でも、京都にはすこし静かな話好きの車屋さんでないと似合わないと注文をつけてきたという
やっぱり私は"いけず”な女になってしまう、と講師が語る
いけずついでに
「"皆が京都に憧れていると京都の人は思ってる”ということが、世間の誤解のはじまりだ」と言うのだが???
鯵庵(28.10.11)

# by ajiankyoto | 2016-10-11 08:25 | 女紋 | Comments(0)

最低賃金は都市のレッテル?_b0355451_09301611.jpg
人間と言うのは本来怠け者である
これに仕事をさせるとすれば金で釣るのが一番だ
これも正しいと思う
加えて、多少の能力の差など言ってみても仕方がない、押しなべて時間給で働いてもらおうというのがパートタイマーである
仕事と言うのはいつか習熟できるし、その人の持っている味が出るのだからそれはその時考慮してやればいい、払う賃金は安いにこしたことはない?というのが最低賃金だ
パートの職探ししていた時の実感だ

28年度、最低賃金が改定された
みんなで大声出して少しは上げようという雰囲気はあったけど
結局東京・愛知・大阪など(Aランクというらしい)25円
滋賀・京都・兵庫など(Bランク)24円
奈良・和歌山など(Cランク)22円
Ⅾランクは21円、上げ幅が先に決まって
時間給、全国(加重)平均798円から823円に25円の上げにとどまった
それでも3%も上がったともいう
滋賀県は788円・京都府は831円・大阪府は883円・兵庫県は819円で
大阪と兵庫の差は64円、神崎川をまたいで8%近くの差があることになる
大阪と京都も同じようなもの、京都と滋賀も同じようなもの、奈良県や和歌山県はそもそも浮かばれない

こんなところに意識もしない府県の壁が・・
この差が全ての差を代表していることにこの頃気がついた
神戸・大阪・京都は三都物語だとキャッチフェーズにされたこともある
神戸~大津まで新快速で1時間で行ける、その間で消費税率を超える差があるのは不思議である
小生京都から大阪に出勤していたけど、稼ぐのは大阪だと改めて思った
”大阪は稼ぐところ暮らすのは京都”は、期せずして理にかなっていたことにもなる
しかしそれでは、大阪の人が神戸や京都に働きに来ていたのでは暮らしは消費税の倍ほどのマイナスになる
サラリーマンの水準が違うのだろうか?
それなら同じように成長していったって結局は格差は広がっていく
繁華街のにぎやかさの差だけならいいけれど、暮らしの安全の差でもあるような気がする
為替レート並みに都市の間にも、なんか円高・円安を言ってるようなことと同じことが一杯あるような気がしたきた

写真は兼松のマッチ、マッチがマッチ製造から撤退、全国9割が兵庫県、製造は淡路市から姫路市へ移る
鯵庵(28.10.10)

# by ajiankyoto | 2016-10-10 06:39 | ハロー・ワーク | Comments(0)

今でも錯覚していることがある
実は、カラー写真はカラー専用のカメラで写すものだと言うことである
なんのことかわからない読者の方もおられるだろう
カラーフィルムを使うためにはカラー用のカメラを買わなければならないと思っていたことである
もちろん誤解である

今思えばおかしな話だけど・・、当時、カラー専用レンズなどと言ってしきりに宣伝していたからだ
かって映画は“総天然色”(初めから終りまでカラーだという意味)をうたっていたし、
雑誌のカラーグラビアは珍しく、全て有名女優をモデルの有名写真家の高価な作品であった
カメラについて言えば、カラー写真用の“レンズの切れ”が必要だと言ってたような気がする
白黒ではバレないけど、カラーになったらその切れの悪さが色調に出てくるというような意味だったんだろうか?
ある意味カラーフィルムやレンズの性能が格段に上がる時期だったのかもしれない
今でも錯覚が続いている/鵜の目鷹の目_b0355451_07433762.jpg
今日テレビを見ているあなたが、テレビはこれほど綺麗なものと“錯覚”してるのと同じことである
少し遡ればカラーだってブラウン管で十分に滲んでいたのをほとんどの人が知っている
デジタル放送も慣れたけど、時代が少し以前に戻ればすべて錯覚である
もっと遡れば・・
テレビのカラーはカラーの放送があってなおカラーテレビを買わなければ見られなかったのだから、
しかも、テレビはカラー用のカメラでなかったらカラー放送はなかったはず
カラーフイルムだけではカラーにならない、カメラもそんなものと思っていたのは無理もない・・??

白黒というのは光の明るさ強さのみに感応している不完全品なのだ
人間の目は、ピントも絞りも自動だが、なおその上に明るさも色彩も同時に感じられる
白黒の目を持つ人はいない
写真が単に記録するだけではなく、趣味の王様になれたのはこの不自然な不完全な白黒ゆえだったのだ
そう光の芸術なのだ
今となっては白黒だったことが錯覚だったのだろう
白黒で説得力のある写真はもう昔の写真でしか見られなくなったと思ってることが錯覚なのだろうか?
時代だけが教えてくれているのかもしれない
木村伊兵衛展に行ってきたのだ
鯵庵(10.8)




# by ajiankyoto | 2016-10-08 17:55 | 写真 | Comments(0)