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乙女文楽の乙女たち

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      (※「藤娘」より、人形は吉田光華、撮影は西村のぶよ)
小生、フェースブックをしている、世間の窓の一つだと思って続けている
ところが難しい、難しいことを簡単にさせようとしてなお難しくしているような気がする
期待しなければ裏切られないわけだから、″それもいいね、あれもいいね、これもいいね、どっちでもいいね、どうでもいいね”で付き合っている
今回、このフェースブック友達の二人がコラボしたということで、
今回は”友達がい”に”それはいいね!”で紹介することにした
上方の伝統芸能に「乙女文楽」と言うのがある、大正末期に大阪で生まれて流行したものであるが、戦後長く廃れていた
文楽人形を女性が一人で扱うと思えば近い、文楽と同じく古典的人形劇である
その第一人者であり復活の功労者の一人が光華座の吉田光華さん
数多くの講演をこなすスーパーウーマンである、この頃多くのファンを持っている
それを小生のフェースブック友達でありフリーランスのプロ西村のぶよさんがいつも写真にしてきた
今回のコラボと言うのは、この乙女文楽の世界を写真にした写真展が開かれることになったと知って行ってきた
人形は無機物である
が、人形遣いである吉田光華が操れば感情を持ってくる
三味線や義太夫が加われば劇になる
劇になれば人形が主役になる
主役が動けばそれが芸能である
そこで主役(人形)の気持ちを写真にする
今回はそういう場面ばかり集めたようだ
写真好きの小生にはそういうふうに見えた
だが、フェースブックの主役はあくまでも人である
「フェースブック」をしている人は「吉田光華」「西村のぶよ」で検索して覗いてみればいい
二人とも二人前の乙女であることは言ったが、それ以上はここでは語らない
フェースブックには色んな機能がある、使えるものがあれば使えばいい・・
今回の写真は例外として西村のぶよさんの作品の一部をコピーした、バックの藤の色も鑑賞ください
鯵庵(28.5.28)




# by ajiankyoto | 2016-05-28 15:35 | 女紋 | Comments(0)

日本にいて和食を食ったことがない(おてしょうの文化⑵)_b0355451_07452463.jpg
「和食」はユネスコの無形文化遺産に登録されている
今のところ〝和食″も京都がリードしている気配であるが・・
京都ではどうしても高級料亭とセットであるような気がする
日本の国民の食文化という背骨と香りが必要ではないか
海外では似ても似つかない和食がヒットしているテレビ番組を見る
それもおかしいが、それにとってかわって京料理こそが和食だと主張するのもおかしい気がする
和食は引き算の料理らしい、足し算しか出来ない素人には難しい
その引き算が出来るためには10年も修行しなければならないなら、プロに任せたい
遺産は守って引き継いでいってほしい
その一方で京都人はひやひやしている
そもそも我らは毎日遺産を食ってるのだろうか?
例えそうだとしても料理人や料亭だけで守れるのだろうか
一地方都市の京都に居て、実際には花街にも高級料亭にも行った事のない小生などは、日本にいても和食を食ったことがないということになりかねない
海外旅行して食うか?カッパはパスポートがない
日本人が生活の中で楽しんでいる和食文化と言うのは???
出来たら一言、二言で日本人がしっくり来るような解説をテレビでお願いしたいと思っている
今日の昼はべた焼きでも食うか、それならどうだ
写真はユキノシタ、その気にあればどこでも見られる
鯵庵(5.20)

# by ajiankyoto | 2016-05-20 07:49 | 大衆食堂 | Comments(2)

京都の地場産業は高くつく(ネクタイは何のため・・⑵)_b0355451_20530829.jpg

京都も5月も下旬になって夏日が続く
今年もまた京都盆地の夏が来る
世間はクールビズが始まったのはいい、夏のノーネクタイがやっと常識になりつつある
長い習慣でサラリーマンはネクタイを外すのに抵抗がある
役に立たないネクタイであるが、おしゃれの問題でもあると思う
ネクタイを外したサラリーマンための新しいファッションが未だ出てこない
アロハシャツで勤務するところも写っていたが、南国でないと似合わない
昔、開襟シャツといういいものがあったが、それの現地版だろう
街で電車に乗ったりすると寒くっておられないという声を聴くのは何故だろうか
京都の市役所は地場産業育成のためにネクタイをするという記事が載っていた
ネクタイをして扇子を持って勤務するというセクションがあるようだ
面白い話になっている
デパートで見れば例えば西陣織のネクタイも10,000円以下ではないだろう
京都の扇子屋の扇子も同じくらいはする

市民に高い和服を勧めると同じ構図である
伝統をファッション感覚で売り歩くが、客は伝統と言われると手が届かない
伝統工芸の王冠を被った京都の地場産業は高くつく
現に京都人はそんな高いものを買う人はいない
しかもその実、絹糸は全部中国、縫製は東南アジアだ
爆買の国の人たちの作ってくれたものである
爆買のお礼にと言うならわかないでもない
市役所にそんなこと頼む業者もいるかもしれない
ただ、市役所が今時ネクタイしめてまで売り出したいのは果たして何だろうか?
そこが分からない?
え、今年はもうを節電をやめるって?
写真はニゲア
鯵庵(5.19)


# by ajiankyoto | 2016-05-19 08:30 | おとこ編 | Comments(1)

喘息は腎虚の病?

喘息は腎虚の病?_b0355451_17234027.jpg

先週、風邪をひいて咳が止まらなかったと思っていたら喘息が残ってしまった
ここ数年、発作がなかったのでタカをくくっていた
タバコをやめて数年たったこともあって内心自信があった
インフルエンザも怖かったが喘息の再発は恐怖だ
咳き込むと一瞬意識が遠のく、自分は呼吸が出来なくなって死ぬのだろうかと
まだ少しは先があると思っている、なんで死ぬかなど分かる筈はない
だが、発作が出ると心は静かでない

過去に、2度ほどは緊急入院した
働き盛りの頃だった、仕事もしながらでは治療できない
当時のステロイド治療は医師の管理下になければならなかったからだろうと思う
だから、入院してからは実は苦しい思いはなかった
喘息は気管支炎でもあるが、アレルギーでもあり心身症の一種でもある
思えばあの頃は仕事からの逃避もあったのかもしれない
そのころから喘息の予防も治療もここのところ随分進歩したし、今だったら入院までさせてもらえなかったろう

体質改善が必要であるといつも言われた
漢方で言えば腎虚(じんきょ)の一種である
内分泌系や免疫機能の低下による病気を言う
そういえば頻尿とか手足のむくみなど気になることもある
腎臓には人間の精気の内、生殖能力に関わるものが貯められているということである
「ウィキペディア」には、腎虚とは男性機能の終わりを意味するという俗説が載せられている

男性は一生の間に射精の回数・量が決まっていて、打ち尽くすと死亡するとあった
やはり空打ちも数の内らしい・・
それならもう、小生・・残った玉がないし死んだも同然ではないか
いやいや、それなら王侯貴族にもたくさん仲間がいる?
それでなくとも、小便が近くなりだすと八味地黄丸を買って飲みだす
もちろん、腎虚は男性だけの病気ではない、女性にも同じである
新京極入口の阪本漢方の八味地黄丸は蜂蜜で固めたほんまの丸薬だった
が、飲みにくかった
鯵庵(28.5.18)


# by ajiankyoto | 2016-05-18 06:26 | 往生 | Comments(2)

千本京極は映画の都

千本京極は映画の都_b0355451_22032364.jpg
日本の映画の歴史で、最初に映画館が出来たところといわれる
西陣のことである、が今の京都に西陣とつく行政上の地名はない
応仁の乱に由来するのはご存じの通りだ、と
歴史を学ぶと応仁の乱は日本の、ひいては京都の歴史の潮目だと分かる
西陣織りもその一つである
明治・大正と西陣織り工業の発展とともに千本通り界隈に数十件の映画館が立ち並んでいたということだ
日本の映画の父牧野省三はこのあたりを舞台に映画作りを始めたとも言われる
大正から昭和のはじめ京都の地で日本の映画界をリードしていた
尾上松の助や坂東妻三郎など・・
映画は京都だけでなく東京にも多くの映画制作会社が出来、それから娯楽の王者として日本全国何百何千の映画館が出来て、やがて潰れていったこととなる
昭和40年代から娯楽の推移により廃館が続き今残っているのは千本京極と言われたかっての繁華街で「千本日活」が唯一の名残である
この千本日活、成人向き映画専門にして、3本立て500円で一日映画を見ることが出来る(ただし、少し落ち着かない?)
大人には日活と言うだけでも懐かしいが、大げさに言えば映画発祥の都京都の遺産の一つである
この繁華街のもう一つの顔が遊郭〝五番町″でもある
西陣に近い方では上七軒もあるが、あそこは庶民には敷居が高い
一時、上七軒の出稼ぎ場でもあったとも言う
水上勉の「五番町夕霧楼」で聞いたことを思い出す人もいるだろう
1963年には映画にもなった、佐久間良子主演である
京都ではなく、残念ながら東映の東京撮影所の作品だ
主題は金閣寺炎上事件(1950)に関係がある
そんなことで驚いてはいけない
あの辺りは桓武天皇の平安京大内裏の中、大極殿の跡に位置している
そういう街の変化も応仁の乱が潮目になっているのがの京都である
そういうことを分かりやすく教えてくれる歴史家が小生は好きである
写真はクレマチス
鯵庵(5.17)



# by ajiankyoto | 2016-05-17 07:07 | 京都の水 | Comments(0)