嵐電のスポンサー

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市内から嵐山までもちろん市バスもあるが京福電鉄も便利である
四条大宮・西院あたりから乗る人が多い
帷子の辻(かたびらのつじ)からは妙心寺・仁和寺・竜安寺や金閣寺方面へもいける
スルット関西なども使えるので便利である
観光シーズンなどには二両編成になるが、それぞれに乗務員がいる
乗降りで市バスが嫌になっている市民にとってはそれだけでもストレスが少ない

今は嵐電(らんでん)という名をPRしている
三条通りの一部で車と同じ路面を走る
市電の町だった京都がいつか市バスの町になってしまった
それゆえ今なお路面電車として走る姿は京都では貴重である
この嵐山線明治43年に運転を開始したという
最初は嵐山電気鉄道という私鉄である
京都電燈会社に引き継がれ、戦争中に都合で京福電鉄と言うのを作って引き継がれた

阪急の四条大宮駅は今は影が薄いが、大阪から来る新京阪電車の終点京都駅であった
嵐電がその四条大宮を起点にしているのはそういう歴史的名残である
新京阪電車がが阪急電車になり河原町まで伸びた
京福電鉄は取り残されたようにどことも乗り入れもなく、今も市電型の電車を地味に走らしている
京津線は今はない、もう一つの京都の私鉄叡山電鉄とともに京阪電車のグループである
ということで、筆頭株主は京阪電気鉄道(43%くらい)である
面白いことに二番目が財務大臣(6%くらい)、所在地はさいたま市、財務省関東財務局である
個人株主が相続するときに物納したということらしい
JRや国などが出資するのを第3セクターと言ったりするが、こちらは民間のまま経営が継続している

ただ、将来にわたってもこの株を大切に持っておいてもらいたいと思う
鉄道事業は観光振興の重要な柱であるが、時には観光地の馬車と勘違いする観光業者も出てくるかもしれない
昔のことを言っても詮無いが・・
大都会ぶって地下鉄などやらずにせめてメイン道路に市電でも復活させておればもっと違った京都になっていたかもしれない
京都の近代化の歴史的シンボルであった市電がごっそり市バスにとってかわったように・・
これからも都市の重要な交通機能がいつ"まま子"にされるかわからないのだ
それまでは埼玉から何も言わないで黙って株を持っておいてもらうのを期待する
鯵庵(12.11)

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# by ajiankyoto | 2016-12-10 19:47 | Comments(0)

必要でない客

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今回の事例は、電話が故障した、電話はつながるがこちらの音声が電波にのらない
滑稽なのである、もしもし・もしもし・もしもし・もしもしなのである
こっちは聞こえているのに相手には無言電話状態になった、あり得ない、ことである
それでなくとも携帯電話の故障に至っては誰にもわかってもらえない
今回は明らかに製品としての欠陥であった

この前の店員はすごかった、ちょっと教えて欲しいと言ったとたん
「兎に角、先に言わせて下さい」と啖呵を切られた
やくざ映画でも仁義きってるのを遮ったら喧嘩になる
とにかく行き間違えば女子店員にクレーマー扱いされる
携帯電話会社が、携帯電話関係が一番クレームが多いと自ら構えている
「一定の条件のもとでこういう事態になる、その一定条件が不明なんだけど・・」
などと言ってたのでは、そんなことに対応できる店員はほとんどいない
その実、操作・設定では苦情の9割の人が、実は自分で変なとこ触っているのである
だから、年寄りはまず先入観の犠牲になる
今回は電話機能の問題なのだから・・店員が試すことが出来たので互いに助かった
近代パソコンの時代になって一番の問題は「再現性」なのだ
そんなこと起こる筈がないことだから毎回きちっと起こってこそ初めて信じてもらえる

携帯電話が火を噴いてもそんな客は長い間クレーマー扱いされたはずである
客でない客はいないはずだ、しかし、時に人を困らせるという客もいる
若き女子店員にとって自分の親以上の年令の人間はそもそも〝必要でない客″である
大きな声を出せば強面の男性店員がすかさず出てくるのは昔からだ
誰でも一つ言い間違えばクレーマー扱いされる、そう、元々必要のない客なのだ
携帯電話会社は今構造的なクレーム対策に悩まされている
が、自ら必要な客と必要でない客とを分けようとしていることに原因がある

”ガラケイ”オンリーの時は使い方も親切に教えてくれた、全てが必要な客だったのだ
携帯電話会社が日本のGDPを引き上げてもいるらしいが、国民の喜びの声は聞けない
テレビコマーシャルを見ればわかる?金が余り過ぎている
スマートフォンになりSIM方式になりで年寄に親切な携帯電話の店舗の時代は終わっている
それは節度がないということなのだが、それは言わない方がいいのかもしれない
それでは、昔の民営化が間違いの始まりだったことになる
ひと言言い忘れた、所定の機能を提供出来ないときは解約金をもらうのはこちらでなければならないのではないだろうか
写真は信州の友人から届いたリンゴ、リンゴはこちらが表である
鯵庵(12.9)

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# by ajiankyoto | 2016-12-09 09:30 | Comments(1)

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工事が始まった、「糺の森(ただすのもり)整備計画」らしい
下鴨神社の表参道周辺地区の整備であることまでは分かる
大がかりな建築工事の名称は「京都市左京区下鴨泉川町プロジェクト」とある
もっとよく見ると和風集合住宅建設として京都市の景観委員会にかけられた開発計画である
何のことはないマンション建築である

下鴨神社の敷地の内、以前研修道場や駐車場としていたところだ
下鴨神社としては定期借地にしたところがせめてのことかもしれないね
50年後には神社に土地を返さねばならないが、それまで毎年8000万円程度入るとのこと
もちろん神様は安泰である
しっぽを切って本体(遷宮や神社の整備)の資金としたいということだ
世界遺産の外だし、
とある、神社にとっては避けられない選択だという

市民もこれ以上何も出来ないなら仕方ないような気がする
タンスの中の着物を質屋に持って走るようもの、止めるわけにもいかん
そういう意味では質入れする着物(遺産)があるからかもしれない
京都の神社、どこも土地だけが財産である
傾いた旧家のように、古都はいつもおだてられてるばかりである
事業主はJR西日本の100%の子会社、駅ビルや商業施設を運営する会社である
設計施工は日本一の建築ゼネコン竹中工務店
大阪や東京の資本が京都の着物(遺産)で儲ける図式にも見える

8000万円台が平均らしい、そんなのを買えるのは京都には少ない
事業主はマンションと言わずにレジデンス(大邸宅)と言うている
世界遺産の隣にレジデンスを持てる人は既に高級マンション何軒も持ってるだろうな
あるいはバブルに浮かれる外国人の投機買いだろうか
そんなことでは地域にとっても治外法権で市民の住環境整備と何の関係もない
いずれにしろ、民と民との経済活動だと言われたら余計な口出しになる
買えないなら余計なことを言うな、と言われるのは目に見えている

竹中工務店が建築請負してるということの信用も大きい
京都市はいつもながら開発業者の書いた景観を承認するだけだ
JRも今は民間会社だから、不動産会社のマネも場合によってはせんといかんかもしれんね
その代り、駅ビルやマンション開発ばかりで手柄たてたからといって
鉄道部門(国民の遺産)の役員にはせんといてな、それだけは頼むで
写真は河合神社、マンション買った人にとっては自分の庭である
鯵庵(12.7)

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# by ajiankyoto | 2016-12-07 19:20 | Comments(1)

余りが体重にきている

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いわゆるやせ薬が効かない
と言うのは”防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)”のことである
目標は内臓脂肪の減量である
医者の栄養指導の言うことを素直に聞ける性格でないことは自分でもわかっている
それでも、しばらく散歩、自転車、目標1万歩の街歩きはまあ継続している
バランスのいい食事もわかっているが、昼もラーメンより定食の方がいいというのは守れなかった
もちろん晩酌は焼酎で通している

薬より運動だ、運動より食事だ、と進んできて
結局、運動も食事も薬もだ、という結論になった
実は薬は数年前から何度も何度もやっているのだが実感と効果がない
内臓脂肪を減らしてやると言われたらどのメーカーも飛びついた
この場合製品名をあからさまに言うのは問題があるが、十年らい色々やった
そういうと薬品メーカーに噛みつかれる・・が
失礼、よく効いて体調はいい
しっかり体重も減らないししっかり体脂肪も増えて行く、滋養強壮の効果が顕著である

小生のかかりつけ医者は意外と科学的で「晩飯減らしたらすぐに体重は減る」と言っていた
結局、小生にとって体重が減るというのは病気だとも言える
食えなくなったらすぐに減るということだ
世の中に人を病気にする薬はないことはないが、3000年の歴史ある漢方処方にある筈はない
小便の方が例えが分かりやすい
小便が出ないことは病気だけど小便が近いのは必ずしも病気ではないのと同じだ

秋が過ぎて冬が来る
栄養指導とやせ薬で、健康に余りが出てきている、もう体重カーブが右肩上がりだ
も一度挑戦する
鍋が美味しくなって、野菜も十分とれる、その代り、せめてやせ薬はやめる
全編、個人の感想です
読者諸兄、漢方は自分でやってもダメ、漢方の分かるいい医者にかからなくてはダメだよ
写真は自家製ユズ
鯵庵(12.6)



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# by ajiankyoto | 2016-12-06 12:00 | Comments(2)

おかめの災難

亀という名だそうだ、阿亀(おかめ)と呼ぶ
鎌倉時代の初め、都の大工の棟梁のご内儀である
長井飛騨守高次という名前を持っていたということだから相当な棟梁である
鎌倉時代の初めに建てられた千本釈迦堂の本堂である
応仁の乱に焼け残った最古の木造建築で国宝になっている

b0355451_09154439.jpg斗栱(ときょうとよむ)という寺社建築に多用される梁を受ける方法がある
夫の柱の長さが合わない失敗を聞いて妻のお亀が助言したという
微妙な表現だが・・
「古い記憶を思い出し『いっそ斗栱をほどこせば』というひと言、この着想が結果として成功をおさめ見事な大堂の骨組みが出来上がったのです」
と言う
必ずしも発明したとも設計したともまた指図したという訳でもなさそうである
だがしかし、お亀は自ら命を絶った
「この身はいっそ夫の名声に捧げましょう」と思ったからである
・・、これが漏れ聞こえ女の提言で棟梁が勤まっているように言われたのでは、という
夫は上棟の時、妻の面を御幣につけて建築の完成を祈念したという
ような話が、京都のお亀伝説としてお亀像と碑が立っている

斗栱(枡組み・ますぐみ)は奈良時代にも使われておりはるかに古くからあった
そんなことで命を絶つというのは解せない話である
お亀がいない方が上手く行くという解決の仕方は人の道ではない
こんな極端な思い込みはお亀("おかめ"ゆえの)独特の感性なのだろうか
作り話であるとしても、バカバカしく哀れである
ただ、お多福(本来は女神)の信仰にかこつけたかった話であろう
お亀の、平たい顔にほお骨がはった顔は古からの日本人の代表的な骨格である
千年たってもそれはまだ続いている、しかも今は醜女(しこめとよむ)を意味している

本当に亀と言う名だったのだろうか
亀という名は一番縁起がいい名である、多くの亀さんに失礼である
ただこの話、飛騨高山の国分寺七重の塔のにも同じような話が伝えられている
こちらは娘だ、八重菊と言う、棟梁は自分のために娘を殺した
その代り娘は天然記念物の大イチョウになった
それにしても何故殺さねばならないのかわからない
こういう伝説の作り方は文学としても臭い、建築には人柱がいるのだろうか??
もちろん建築物が火災にも合わないことは建築主(必ずしも建築会社の願いとは重ならない??)の最大の願いでもある
お亀をたたえる像には、水野建設の他、錢高組・飛島建設・清水建設・大林組などの大手ゼネコンの寄進の名も見えた
なんとなくゼネコンの古風な女性観が見えるような気がして余計な勘繰りをしてしまった
鯵庵(28.12.5)

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# by ajiankyoto | 2016-12-05 08:01 | 翁草 | Comments(0)

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京都鹿ケ谷(ししがたに)の法然院の墓地は手入れが行き届いていつも感心する
そのことは別に書いた
落葉のこの時期、に法然院の書庫蔵を借りて作品展をしていた
それが雨月陶齋(うげつとうさい)氏だ
今は武蔵村山市で陶芸工房を持っている
時々京都まで来てここ法然院でもお世話になっているという
小生も”焼き物見る好き”であるのでいつも遠慮なくふらっと入る
野の草花や果実を色絵で丁寧に仕上げたものが多かった

陶齋さんが声をかけてくれて、お気にいったのを一つ持って帰ってくれ、と言うので
小生迷った末、花入れを一つ選んだ(もちろん買ってくれと言う意味である)
一番小さなもの(値段も)であった
分かり易く言うと、信楽の土で備前のように焼いたと言う
炭化焼締め(これは説明されてもわからなかった?)で灰がちょっとかかって溶けたような風合いである
花入れだから花を入れてもいいが・・
花入れって言いますけど、花を入れるのではなく水を入れるのだよね・・???
小生生意気ながら、花入れだけど水を入れない使い方がいいのではないかと・・

実は陶齋さん、法然院の檀家さんの一人らしい
京都へ来てここで墓参りもしたいと脇に花を用意されていた
60歳前後と察したが、髭の似合う端正な面筋の紳士である
芸術家のいで立ちで少し難しそうな気がしたが、(ひょっとしたら商売だけの時は)話好きなところがあって笑顔が人懐っこい
結局、不思議な人だということで紹介させてもらうことにした

小生は勝手に実用にこだわっている、「陶器は器」である、と小生は思う
入れるものがあるというのが器である、明確な目的がそこにある
ただ、実用だけではないものがある
現に・・
この小さな花いれに液体を入れるか、固体を入れるか、気体を入れるか・・
何でもいいのである
これは焼き物を作った人を一瞬超えられる使用者の論理だ
しかし、いい使い方を考えてください、出来たら・・得意の写真にして送ってください、という話になった
どうでも好きなように使ってみてくださいと小さな器と陶齋さんが一緒になって小生にプレッシャーをかける
その上、ええ写真にせよと言う
自分で言って自分で困っている
いや、それでも何度かは試みるつもりだ
写真を分かる人にはわかってもらえるけど、自分で絵を作ることは焼き物みたいに難しいよね
12月4日の日曜日まで法然院にいるとのこと
写真は、法然院墓地はドングリが雨のように降ってくるところがあった
鯵庵(12.3)


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# by ajiankyoto | 2016-12-03 11:30 | ハロー・ワーク | Comments(0)


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八坂の塔(法観寺)のそばを通る道、その八坂の塔の反対側にあるお寺
天台宗の寺で金剛寺(こんごうじ)八坂庚申堂という
奈良の奈良町へ行った人は知っていると思う
奈良町は庚申(こうしん)の町である
あのサル(みがわりのさるという)は庚申の神の使いである

京都ではここへ来ればあのサル(くくりのさるという)を見ることが出来る
現代人は庚申信仰はほとんど馴染みがないものになってしまった
庚申(こうしん)とは60日に一度巡ってくる「干支」の庚申(かのえさる)の日
1年には6から7日ある訳でこの日を特別な日とする信仰である
この庚申信仰のご本尊にあたるのが青面金剛(しょうめんこんごう)
道教やら密教やら民間信仰やらが集合したご神体である、仏典には見当たらないご神体である
仏教では日吉(ひえ)信仰と、また、神道とでは猿田彦神(さるたひこしん)と習合した
ともに猿に縁があり、そこからサルが庚申信仰の使いとなる・・・と言うのが一般的解説である

人の中には「三尸(さんし)の虫」が潜(ひそ)むと言われる
上尸の虫は頭、中尸の虫は胸、下尸の虫は下半身の病を引き起こすとされる
日本に伝わった
この虫こそが美食や色情などの欲望に執着する気持ちを起こすという
庚申の日にはこの日眠ると人間の爪先から体内を抜け出して、
その人の罪を天帝(北極星あるいは閻魔大王)に告げに行くとする

天帝は人の寿命を定める
そのため虫が出ないように夜更かし身を慎んだという
残念ながら性行為は特に禁忌である
眠らないための雑談ばかりで朝を迎える
室町時代に伝わって後、江戸時代には庶民にも夜更かし徹夜する風習(庚申待(こうしんまち)とか庚申講(こうしんこう)とか)が庚申信仰として広がった
八坂庚申堂の今年(2016)は12月4日が納めの庚申である

ついでながら、「見ざる聞かざる言わざる」の三猿は自分への戒めである
因みに、虫の知らせの虫はこの虫である、腹の虫も・・
鯵庵(12.2)



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# by ajiankyoto | 2016-12-02 08:02 | ご利益 | Comments(0)

京都の本は京都で売れる

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京都の本屋には京都の本が一杯です
春はお花見特集、夏は祇園祭、初冬の紅葉まで毎月特集です
お寺は時期に合わせて特別公開、神社でもライトアップやコンサートも開かれます
が、雑誌の出版に合わせて予定を決めなければならないのはお寺さんでも手に負えないところもある
この時期になれば、グルメ系も増えてくる
その点、クリスマスやお正月にやってくる女性の観光グループの増を狙った企画に見えます
お正月前にも一度大きな波が来ます、年中行楽シーズン
ところが意外にも京都の本も京都特集も京都で京都の女性に売れるみたいです
キャッチフェーズは京都に浸りたい

実はこの時期京都観光に一番のせられてるのは京都の人みたいです
たとえ、恋人同士でなくとも何かと京都知識は必要
皆が知ってることは知っとかなくちゃ、本を買って何処へ行こうか一夜漬け
何が美味しいのか、並んでる店は何処か
本をもって店に並んだのでは旅行者に間違われるよ
昔から宿題は教科書より虎の巻の方が役に立った・・・

後は本当に京都の女になること
急がなくてもいいです、熟女になるまでになれたらでそれでいいです
それには教科書もないし、虎の巻きもない
京女(きょうおんな)とは京都で働いて京都で暮らしていこうと固く決めた人のことですから
冬の京都は寒いよそれでも一日体験コースでは京女にはなれません
写真は尼の下駄
鯵庵(12.1)

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# by ajiankyoto | 2016-12-01 08:12 | Comments(0)

ほんまかいな?

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サラリーマンの定年というのは苛酷である
競技はそこで終わってしまう
ゴールがあからさまに見えてしまった
人生は50年と言った大昔もあった
それからだったらはるかに寿命が伸びてしまった
悪いことであるはずはない
「人の一生・・、その目的への道中で死ぬべきだ。
生死は自然現象だからそれは計算に入れてはいけない。」
司馬遼太郎は作品の中で語らしている
若い時から多くの本も読んできた
そのせいかも
計算をしないそんな生き方に憧れてきた
しかし、頑張って気がついたら定年のテープが待っていた
やっと仕事が分かってきたのに
本当はこれからなのに
まだ頑張れるのに
サラリーマンの多くの人が目的を奪われ
今度は計算しながら残りを生きていく
おもろうない
その境界線が定年であった気がする
せめて働きながら死にたい・・、ほんまかいな??
鯵庵(11.30)


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# by ajiankyoto | 2016-11-30 07:44 | Comments(0)

鬼平の老い

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テレビで「鬼平犯科帳」が始まったのは昭和44年(1969)、鬼平は最も鬼平らしい松本幸四郎だった
それが丹波哲郎になり、中村錦之助になり、今は幸四郎の次男二代目中村吉右衛門になった
今は、とは言ったけれど吉右衛門鬼平になって28年になるということである
テレビのシリーズは平成13年に終わっているが、なかなか毎年スペシャル版で続いている
予告によるとこの冬に最後の放映になるということだ

実在の鬼平こと長谷川平蔵は8年も火盗改メの職を続け数え年50歳の時に亡くなった
活躍は40代の時である
二代目吉右衛門は今や人間国宝であるし、齢72歳である
小生、吉右衛門鬼平に関しては見逃すまいと再放送、再々放送を見ている
原作者池波正太郎に何度も声をかけられても、吉右衛門がなかなか鬼平を演じなかったのは小説の味と歴史上の人物その実年齢を気にしていたという
だからこそ、今から15年前、平成13年(2001)にレギュラーシリーズを終えている

富士真奈美が最初に演じたおまさも、吉右衛門と一緒に梶芽衣子になった
これも4代目である
小生らにとっては梶芽衣子は日活の「女囚さそり」の印象が強烈である
東映でも頑張っていたが、鬼平のおまさで息が長くなってしまった
役どころでは30過ぎである、少し色が黒いが黒くてぱっちりとした目とおちょぼ口が特徴の江戸の女である
良く似合っていた、そのおまさであるが・・
おまさも歳をとるが、梶芽衣子も歳をとる
大河ドラマとちっがって役どころとしては、その後28年は限界を超えてしまった

木村忠吾の古今亭志ん朝は吉右衛門とは共演していない
吉右衛門と一緒に始めた相模の彦十、3代目の江戸屋猫八はもう15年の前に亡くなっている
ここまで人気番組になったら仕方ないかもしれないが
適役役者が死んだり年をとってしまっては仕方がない
再放送を見ていて、作品の年代はおまさを見ればわかる
鬼平では本当におまさは主役なのである
梶芽衣子のファンとしてはかえって辛くなってくる
「女という生きものは、みな一色のようでいて、これが違う。女に男なみの仕事をさせたときにちがってくるのだ」
と鬼平は言うが

吉右衛門は早くから辞めたいと言ってたようだ
舞台ならともかく画面いっぱいに老いが映るテレビドラマではそうだろう
当時の40代はもはや初老だったというけれど今の初老とはやはり違う
懐メロだって、いつまでも出来るものではない
ゴルゴ13と同じ顔をした劇画が存在するだけでも嫌だったのに
今度、いかれたテレビアニメも来年から始まるという
男盛りに働いて死んだ鬼平を描きたかった池波正太郎が生きていたらこんなことにはならなかったのに・・
再放送も小説もこれからも読めるのだから、精一杯ここらでいいのではないか
吉右衛門シリーズの江戸風景は全て京都と京都近郊ロケだった
写真は平成4年頃放送の鬼平とおまさ「夜鷹殺し」から
開始4、5年後、おまさが熟し一番きれいだったころ
鯵庵(11.29)




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# by ajiankyoto | 2016-11-29 07:29 | 翁草 | Comments(0)