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シルバーの特性三つ
一つ踏みつけられに強い
一つ融通がきく
一つ擬態がきく
さすがに若いものにないものがある
使い方次第だね

それはいいがシルバーの辞め時3原則
一つ、周回遅れ
一つ、逆行または方向違い
一つ、まんだら惚け
結局はボケか

そういうけど、何や・・現役の時と同じやんか
違うのはばれやすくなってきた
それをどうごまかすかだということで
↑ここで最初の行に戻る
鯵庵(30.10.22)
写真は京都下立売千本西入ル勝厳寺の見返地蔵

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by ajiankyoto | 2018-10-22 07:39 | 翁草 | Comments(0)

地蔵菩薩は美少年

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大昔(中学時代)、「地蔵さん」というあだ名の同級生がいた
にこにこして落ち着いていた
四国最高峰の石鎚山のふもとに育って転校してきた
都会への人口移動が始まった頃だ
大自然で小学校時代を過ごし、大都会の60人学級の中学校に転校してきたのだ
四国訛りをみんなでからかっていたら・・あまりしゃべらなくなった
坊主頭は皆同じなのだが、頭の形が地蔵さんみたいに整っていた
仕方がないのでみんな(悪が)で拝んで茶化していたが・・・
皆が拝めば拝むほど成績順位が上がってきた
半年ほどたったころ彼が学級で1番になって学級委員していた私が追い落とされた
たまたまだと思っていたらそれからは差が開くばかりだった
人気も彼にさらわれた
地蔵さんというあだ名をつけたのは私だった、、が
地蔵菩薩は美形の少年のお姿で現れるということを知らなかった
人を茶化すのは上手いが茶化した相手に勝ったことがない
現にそれ以来ずっと私はそういうタイプ(地蔵さん)の奴に弱いのだ
鯵庵(30.9.3)

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by ajiankyoto | 2018-09-03 21:27 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

精霊トンボ

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確かにお盆の前から多くのトンボが飛んでいる
ウスバキトンボだ
暑いさなかに日本で増える
この季節が一番多い、だから、精霊トンボとも言われる
台風が来るとまた南洋から風にのってくる
この時期に見ると精霊トンボと言われる意味が分かる
盆に返ってきたけれど家族がいないと、さ迷ってる精霊にも見える

ある人とトンボ談議になった
歌に歌われる赤トンボではない
アキアカネはまだ山にいる
里には下りて来ていないと言ったら
そもそもあの詩はウスバキトンボだったという説もある、と
それほど日本でも親しまれるトンボである

ウスバキトンボは日本では冬を越せない
本当にアキアカネが絶滅したら・・外国本籍のウスバキトンボがその地位を奪うかもしれない
ただ、寒さには弱く日本のでは冬を越すことが出来ないようだ
ならばの赤とんぼアキアカネの精霊かもしれない
ならば赤とんぼという人も正しい
鯵庵(30.8.27)

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by ajiankyoto | 2018-08-27 20:52 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

鍬形地蔵尊ご開帳

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京都一条通にある昆陽山地蔵院の鍬形地蔵尊は1年に2回お堂の扉が開かれる
8月は地蔵の一番の縁日でもある地蔵盆である
仏は見えない人にも仏像は見える
仰ぎ見る目線で目の当たりにすることが拝むということなのだろう
鯵庵(30.8.24)

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by ajiankyoto | 2018-08-24 15:25 | 地蔵菩薩 | Comments(0)


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道祖神(どうそじん)と言うのは民間信仰の神である
賽(さい)の神である
誤って迷い込まないように世界の境を守っている
外部の侵入者を防いで村々の安寧を守るものであった
後に神道の猿田彦(さるたひこ)神に習合(しゅうごう)したり、近世になって仏教の地蔵菩薩と混淆(こんこう)したりと言うのが、小生の理解である
街角や、道端や分かれ道に見る"お地蔵さん”はその習合・混淆したものである
何度も言うが現世と来世にまたがるスーパーな佛が地蔵である
様々な形で祀られているが、伝説では少年の形で現れるとも・・そんなことから子供達を守るためにも素朴な童顔の仏にもなる
地蔵菩薩のいわゆる縁日は毎年24日であるが、7月の縁日は地蔵会(じぞうえ)と呼ばれる
こちらでは月遅れ8月24日になる、同じく月遅れのお盆に近いことから地蔵盆と呼ばれている

この”お地蔵さん”の受難は明治の廃仏稀釈であり、迷信として退けられ多くの地蔵の祠や石仏が壊(こぼ)たれた
それだけでなく、街路拡張のためにも邪魔になったと見えていじめられた
明治も半ばになって、京都の市民も落ち着きを取り戻すようになってきた
それに伴っての各町内での地蔵会が復活されるようになってきた
地蔵に化粧して供物などを供えて、子供たちにお菓子やくじ引きや子供を中心にした祭りである

地蔵盆の終わりに盆踊りをすることもあった
子供にとっては夏休みを締めくくる重要行事である
京都が独自の文化都市であるとしたら町が中心となった小学校の設立とこの地蔵盆の風習を残してきたことが大きなことである
町内自治の必要性があったから残り、必要性がない地方では廃れていく事例でもあると思う
縦横のつながりは町内を超えて保育園や幼稚園に移行している
時には幼稚園の夏祭りがテレビで地蔵盆行事として紹介されるようになってきたのは逆にその名残である
鯵庵(30.
8.20)
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by ajiankyoto | 2018-08-19 14:19 | 地蔵菩薩 | Comments(0)


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千本閻魔(えんま)堂は高野山真言宗の寺、千本鞍馬口を少し下る
京都の3大葬送の地・蓮台野(れんだいの)の入り口にある、ことになる
近くまで行けば商店街の裏から迎え鐘の音が聞こえてくる
ここへきてお盆に精霊を迎えるには、まず水塔婆を買う、水塔婆に迎えたい精霊の名前を書いてもらう、線香で煙で水塔婆を清める、地蔵の池に水塔婆を流す、その後に迎え鐘を水塔婆の数だけ鳴らすという順番らしい
わざわざ迎えに来るのは迎えたい精霊があるからである・・

水塔婆に戒名を書いてもらって、で1枚当たりX円
大体は5、6枚持っている人が多く、一家族あたり5×X円になる
千本通に入り口が面している、日常のお寺の収入源は月極駐車場のようだ
この時ばかりは庵主さん家族と檀家の皆さんが総出だ
が、どうしても地元の町工場的な印象を受ける
市バスの206号系統ルートは見るとこの多い黄金ルートと呼ばれる
が、東山通りを走るときと違ってここ千本通は観光客が少ない
そのせいかもしれない
でも西陣の景気が支えた時期もあったかもしれない
都はるみが遊びに来て若き庵主さんと一緒に写真に写っている
それでもお寺はこの7日から10日の期間は迎え鐘の音を数えながら景気判断を出来る

亡くなった人の初めてのお盆は初盆(はつぼん)とか新盆(にいぼん)とか言う
出来るだけ親族皆が寄って灯りをともしお供えをして故人を偲ぶのが優しい過ごし方だ
しかし、密やかに一人してお参りしたい人もいるだろう
新盆なら大きな閻魔大王の前で特別に祈祷もしてもらえる
亡き人と自分のために太鼓を打ちながら大きな声で般若心経も唱えてくれる
閻魔大王が身近に感じられる瞬間だ

小生は心ばかしのお賽銭だけで紛れて迎え鐘2つだけつかしていただいた
それでも音色に遜色はなかった
当たり前のことだけど地域の人たちにとって千本えんま堂は年中、千本えんま堂だ
観光という大波が来なかったとしたら京都ってこんな町だなと思わされる
そこらじゅうに地蔵さんや閻魔大王がいて、思うときはいつでも亡き人と一緒に暮らしている
家族があった・・
その代わり京都の庶民の盆の始まりはあくまでも俗っぽいのが特徴だ
鯵庵(30.8.8)

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by ajiankyoto | 2018-08-08 19:54 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

餓鬼は地獄にいる
閻魔王界は多くの餓鬼を抱えている
餓鬼は餓えた状態にある
人間の糞便や屍など不浄のものを食う
人から施されたものなら食うことができる
人は死してまた地獄でも六道を輪廻する
六道とは天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道の六つをいう
その内、畜生道・餓鬼道・地獄道を三悪趣といい、その一つである

貪欲な物惜しみの心で人に施しをしなかったもの
私利私欲で他人の財産をだまし取ったものなどなどが餓鬼であり餓鬼道に落ちるという
仏教ではそのように説くが、現世民間では餓えや行き倒れで死亡した人間の死霊を恐れて言う
先祖だけではなく無縁の精霊に飲食を施すことにある
元来、盂蘭盆会(うらぼんえ)の主となる法会である
だから、厳密に言えば先祖供養とは別のものでもある
餓鬼というのは現世においても全くありふれたものである
翻れば自分もまた貪欲な物惜しみの餓鬼である
特に平安時代の仏教は富める者の独占物である
地獄からの救済について明らかにしていない
やがて六観音が当てられ、最後は阿弥陀如来による救済に結びついていく
市井の聖、空也上人はこの地上での餓鬼の姿を目の当たりにし救済を続けた
六道の辻には都の最大の葬送地鳥辺野が広がっている
毎日運ばれてくる屍はここに捨てられる
その姿が既に地獄であり、当時の人にとって地獄は見えるものだったのかもしれない
この場で無阿弥陀仏という念仏を説きながら、現実に屍の処理をした空也への信仰は仏教が庶民のためのものとなる第一歩だった
972年ここで死んだ
地獄の存在を知らしめた源信の『往生要集』が成る10数年も前のことである

六道珍皇寺にほぼ隣接して空也上人にゆかりの六波羅蜜寺がある
この寺も初めは観音信仰として建てられたがやがて地蔵信仰の寺としての説話を多く残している
やがて鎌倉時代以降は阿弥陀信仰と並んで地蔵信仰が盛んになる
人間は死して地獄に堕ちるが、地蔵菩薩によって救済される、という
地蔵菩薩は地獄にも現れるスーパーな仏である所以である

お盆だけでなくまた地獄に行く前に地蔵菩薩のお世話にならなければならない人の方が多い
施餓鬼こそが日本の宗教の到達点なのかもしれない
・・・と思えば施餓鬼である
鯵庵(30.8.7)

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by ajiankyoto | 2018-08-07 07:56 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

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地図的に言うと、東山通から清水寺に上がっていく道に清水坂がある
バス停で言えば「清水道」が近い
その道を逆に西へ少し坂を下るように進む道が松原通である
この道は清水寺への参道でもある
松原通は平安京の五条通(その延長も)の現在名である
東大路通(清水道バス停)から少し下った北側に門があるのが六道珍皇寺である
この六道珍皇寺は、都から来れば平安京の葬送の地鳥辺野への入り口である
ここを「六道の辻」という、これから先は冥界なのである
だから東山通や清水道バス停は魔界の中に入る
この六道珍皇寺の創建は極めて古いしまた謎が多い/div>が、その中で平安京の役人(最後は参議にもなった)小野篁(おのたかむら)との関わりが面白いここには小野篁が地獄へ通ったという井戸がある
余談ながら、どこへ行っても帰ってくる小野篁という無骨な公卿の持ち味と結びついたと言える

京都の盆の行事は精霊(せいれい、しょうりょうであるが"おしょうらい"と読む)を迎えることから始まる
ここを通って行った精霊は帰ってくるなら同じ道を帰ってくると言う素朴な信仰である
そのために地獄まで届く筈の迎え鐘を打つ
地蔵尊に高野槙で水供養した水塔婆を備える
主催者は地蔵菩薩(閻魔大王)である
閻魔大王は地蔵菩薩の化身であると言える
その閻魔大王に小野篁が書記の役で仕えていたとある
お盆の行事は地獄信仰の行事である
極楽や天国から帰ってくるのではない
死者は誰もが地獄の責めを負いながらいつまでも輪廻しているのだ
極楽を見て来た人はいない
だが地獄なら一人、小野篁がいる
いや、お盆には全ての精霊が帰ってくる
地獄の話に耳を傾けなければならない

京都の人が皆、千本えんま堂や六道珍皇寺へこぞって迎え鐘をうちに行くように書く京都案内は大きな誤解の元である
全国それぞれと同じで、それぞれのお寺やお墓があるし、それ以上にそれぞれのお盆の暮らし方がある
敢えてことわっておきたい
それでなくとも日本のお盆はいつも俗っぽく始まる
正月に比べると、お盆は俗っぽさを喜ぶのである
お盆になれば地獄の釜の蓋も開くと言うのだ
自分の大切な人がまだ地獄にいるかもしれないと思わせられる
小生はその仕掛けを覗いてみたいのである
鯵庵(30.7.27

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by ajiankyoto | 2018-07-27 20:18 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

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小野篁(おののたかむら・802-852)は平安時代の初期の公卿、学者・歌人でもある
変に気骨のある人であり野宰相(やさいしょう)とも呼ばれるとある
小野氏は幾筋かあるが、名門武士の祖である
野太とか弥太郎とかいう名は小野氏の長男を言っていた
千本えんま堂や六道珍皇寺の伝によれば小野篁は創建に直接かかわったとされる人物である

盆の精霊迎えを六道参りとも言う、六道とは天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道のこと
餓鬼のくせに″私は人間道にいる”などと勘違いしてはいけない
浮世で生きている限り迷いばかりでぐるぐる輪廻(りんね)している
輪廻転生(りんねてんしょうとは)とはぐるぐる回ることだけを意味している
生まれ変わることとすれば人は一生の内何度も生まれ変わっている
地獄は死者の国であるが、現世とは密接につながっており
佛でなくとも小野篁はこの世と地獄と行き来していたとお寺では言う

閻魔大王が冥界の王である所以は、”真理に忠実なものと偽りを語るものを厳密に区別する”ことにある
死してゆくところは他界であるが、他界とは閻魔大王の世界のことを言う
閻魔大王は自分の世界に到着した人の善悪の行為をはかる裁判長である
それは小生らが子供時分から機会あるごとに教えられた閻魔大王の世界でもある
冥界に一番近いというこの寺も言ってるのである
生きた小野篁がこの世と地獄と行き来できるということは大事なことで、地獄はそう遠い世界ではないように思える
しかも、小野篁は閻魔大王の書記を勤めていたと言う
極めて浮世と似た話である、急に地獄が怖くなる
政治家も弁護士も詐欺師も同じように何十枚もの舌を抜かれるだろう
閻魔大王の前では浮世で堂々とまかり通ってきた嘘や善人面は通らないと言える

あの世が遠いところにあれば閻魔もだましても一度上手く世渡りしてやろうと思う輩もいるだろう
この世の裁きは不条理なものであるが地獄では真実だけが通る
人々はそのことに救いを感じるのである
自分もいいことばかりしてきたとは言えない
しかし、いいことばかりしてきたという人も閻魔の厳しい審理に合えば化けの皮がはがされる
地獄もこの世も同じであるが、地獄には真理がある
そのかわり地獄でも我ら凡夫はまた六道を流転するという
地獄の責め苦は輪廻転生である、業が尽きれば人間道に転生出来るかもしれない
上手くすれば地獄と言う闇の国から極楽と言う光の国へ行けるかもしれない
お盆特集、小生の地獄論の一端である
鯵庵(30.7.25)

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by ajiankyoto | 2018-07-25 17:54 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

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京都千本通の寺の内を少し下ったくらいにあるのが釘抜地藏
寺が言うところによれば空海によって創建され、重源によって再興されたとある
ご本尊は地蔵菩薩、このご本尊が痛み苦しみの釘を抜いてくれるということだ
この釘は恨みの釘である、心当たりのある人は地蔵が救ってくれる
地蔵とは地蔵菩薩である、菩薩の位にあるが馴染みが深い

釈迦が入滅してから56億年云々の後に弥勒菩薩の出現が予言されている
その時、弥勒菩薩は仏(如来)になる
その間、釈迦に代わって六道の苦しみや迷いから我々を救ってくれるのが地蔵菩薩である
そのような重要な役回りの上ながら飾りの少ない仏さんが地蔵菩薩である
地蔵菩薩の縁日は毎月24日である、釘抜地蔵では地蔵しるこが振る舞われるとある

しるこをいただいたからとて誰もかれもが浄土へ往生出来るとは限らない
が、予定と違って地獄へ落ちても地蔵が救ってくれる可能性がある
そのような人は、千本通をもう少し北へ進んで千本えんま堂に行くのがよい
そこから先は都の葬送の地蓮台野だ、閻魔大王がご本尊の地獄の入り口である
が、実は閻魔大王は地蔵菩薩の化身であるという

人生最後の言い訳を聞いてくれるのが閻魔さんではなく地蔵菩薩だと思えば最後のチャンスは残っている?
今から、地蔵にはゴマをすっておこうと思うのは勝手である
それより言いわけの練習をしておくのも勝手である
何をする前にも言い訳をする人がいる
練習してるつもりかもしれないけど釘抜地蔵のヤットコで先に舌を抜かれたのでは言い訳も出来ないことになる

ついでながら演歌歌手の都はるみがこのあたりの子である、とあった
写真は釘抜地蔵、石像寺(しゃくぞうじ)
鯵庵(30.7.24)


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by ajiankyoto | 2018-07-24 12:47 | 地蔵菩薩 | Comments(0)