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バチか祟りか怨霊か

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新聞の人生相談も毎日となるとネタがなくなってくる
何年かで一巡りしてくると思っていい
答えがあっての相談だからだ
上手くそれにはまってくれるばかりではない

今回のは少し面白かった
60代の女性が先に死んだ母親の祟りで悩んでいるという
どんなことかと言うと外出の服に大量の鳥の糞がかかったり
その他訳の分からいケチがつくという
贅沢をすれば罰が当たるようで怖いと言う
生前十分な看病をしなかったと反省しているのはいいが
だから・・そのバチが当たってるという

どないしても生きておりゃ、バチも当たるし
バチが当たったと思ってもそれで済むもんでもない
相談の内容ぐらいなら、そんなもんバチにも値せんと言うてやるしかないのだが
怨霊などと言いだすと俄然面白くなる
そこまで行くと新興宗教みたいになって人生相談にならないのが問題だ

親の世話・看病、に限らず人の世話は十分でないことの方が世の常である
つもりはあくまでもつもりであり、それだけしかできなかったということだ
なお言えば、それはそれだけしかする気がなかったということと同じである
バチだ、バチだということは、言うなればバチ逃れなのである
怨霊信仰の原点みたいな話だ
子が親に祟るのも親が子に祟るのも暮らしているからである
親のバチならば親が生きててこそ食らうものである
生きて苦しんでいるときの怨念をしっかりと受けてやるべきである
それでこそが親孝行というものである

親は見たけど子には見てもらえない・・
それが一番普通になってきた
親の怨念より子の怨念のほうが怖い
そんな世が来てることこそ知るべきである
生きていることの覚悟のひとつである
と、小生なら締めくくる

・・・・・・ここまで来て・・いつも覗いていただける読者の皆様に感謝してます
そんな不都合な話ばかりでよければ下記も合わせてご覧ください
鯵庵(31.4.22)




by ajiankyoto | 2019-04-22 15:17 | 家族 | Comments(0)

灰色のハート(前)

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道を外れた時その道へもう一度帰って来れる力がないと、教えられない
と言われた
これ、パソコンの操作の話である

元へ戻すと言ったって、闇雲に逆走したらかえって具合悪くなる
これは、人生相談である
新聞に載っているような人生相談というものはほぼ仮定の話である
現実の話だとしても、本音の半分は隠されている
おかげで「不倫」という言葉も安易になった

今回の話はこうである
・・・妻子ある男性とずるずる関係を持っているうちに自分も結婚することになった
ずるずるの相手と別れ話をしてしばらくは・・・
子供もできて幸せなのだがやはり元に戻ってしまった
互いに家族を持ちながらあれからもう10年も続いている
不倫をやめたい気持ちがあるのに自分ではどうしたらいいのか分からない

どうしたらいいかって言われても、おそらく別れられないだろう
この道はバレなければいいのだから・・むしろ今までの成功体験が後押しする
回答者は「30代よりも40代は年令も加わって心も成熟していくのだから、その中で満たされない心を埋めていくすべというものを見つけなさい・・」
というのだが・・
(この項続く)
鯵庵(31.4.10)

by ajiankyoto | 2019-04-10 08:30 | 家族 | Comments(0)

愛を手に入れる方法

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愛を手に入れる方法はない?
キレイになることだと思う
キレイになる方法が間違っていると愛を手に入れることはできない
幸せなのか不幸なのか、思い方次第だがやはり不幸は不幸である
キレイにも幸せにも循環というものがある
循環に乗らなければいつまでも幸運や愛を手に入れられないのだ
愛は売っていないがキレイになる方法は売っているのだ
それを宝石だとか化粧だとかと思うと、本物が手に入らないのだ

親からの愛で子供時代を過ごしてきた
青年期になって急に男として女として値踏みされる世界に放り込まれる
愛を得るために何が大事なのかを学習していないのだ
愛は売っていない、そのことに戸惑うのである

キレイになる方法はいろいろあるが
男は自分を洗うことだ
女は自分を磨くことだ
いずれも少し時間がかかる
年をとるとともにキレイになることが出来たとしたら
必ず愛を与えることが出来る

いい人と付き合いたまえ
上手くすれば愛を得ることもある
愛とはそれほどのものだ
急ぐことはないが
方向は間違ってはいけない
貴女にはその資格はある
鯵庵(31.4.6)

by ajiankyoto | 2019-04-06 09:38 | 家族 | Comments(0)

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家の中に1円玉が増えると認知症の疑いがあると・・という話をする人の話を前にした
日常生活の中にそれらしき症状が現れるものだから、家族の早期発見が大事なことは確かである
件の講師も、80歳前半の人(もちろん生存者)の大体5人に1人だと言っていた
それでも年齢が上がれば割合は進むことになる
他の手引き書でも、認知症の発症は80才以降の年齢で急に上昇し95才以上までなると大体5人に4人にもなる
深刻な数字である

もちろん、認知症と言っても色々な種類があり、どこまでのことを言ってるのか分からない場合もある
現実に、アルツハイマー型の認知症は認知症全体の半分に過ぎない
その他のものについてはあなたも名前も知らないというのが現実だろう
早期に適切な診断がなされないと適切な対処が出来ないのは当たり前である
気になることの一つに、医療体制の都市と田舎の差である
また、治療法が少ないこともこの病気への理解を浅はかなものにしているのではないか
そんな正確な知識は家族にだって求めるのはほぼ無理である

認知症のことも知りたいし語りたいのも事実だが、この件については明らかに経験不足である
ともかく、こんな深刻なこと、風評だけはやめようと思う
この講師の話で納得できたことも沢山ある
ボケと認知症の最大の違い
認知症の人の最大の特長は「自分に不利なことは一切認めない」ということだった
社会生活の基本が欠けてしまうのだそうだ
この言葉が今、小生の中で尾を引いている
本当にただのボケだったらいいのだが・・
鯵庵(31.3.23②)

by ajiankyoto | 2019-03-23 21:43 | 往生 | Comments(0)

老人化が始まる日


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小生の親父は今年で101年になる
親父が70歳の頃、小生が40歳ぐらいの時である
親父がパーキンソン病を宣告された
その時まで意識していなかった親の老後を感じた
一気に我が家族も老人化に巻き込まれたという気がした
82歳で亡くなった・・それから20回近くお盆を迎えている

誰かが言っていた
老人化と我々が言う場合には3っつのパターンがあると
一つ、自分が年とること
二つ、連れ合いが年とること
そして三つ、親が年とること
親が年をとった時に老人化のすべの課題が身近になってくる

あれから30年、一世代進んで今度は私が老人になった
当時老人化はまだ家族にとっての問題だった
その間にゴールドプラン(1989年)や公的介護保険制度(1997年)がスタートした
今は、社会全体での問題となりつつある
それは子供や家族に頼らなくてもやっていける
本人の心がけ次第の老後となったというわけなのだ
ところがである、いずれ老人のための施設にも限りある
ピークに合わせた施設整備は必ず過剰なものとしてあとに負債が残る
老人世代がヘルパー世代より人口が多いということになれば
結局は家庭での自力介護に戻らなければならなくなっているようだ

戻るべき家庭があればいいが、配偶者すでになく・・子供とはなにかと疎遠では・・
自分の老人化を子や孫の老人化にすることが出来ない
いずれどこかの大部屋で一人寂しく生きていくしかなくなってしまう
もうその道へ向かって歩いている
マイホーム主義の我らの世代だった
それが最後の矜持かもしれないが・・
それがマイホーム主義のつけ払いだと気付くのはこれからだと思う
鯵庵(30.8.11②)



by ajiankyoto | 2018-08-11 08:02 | 家族 | Comments(0)

アニメ「サザエさん」の主役はマスオさんである、と言うと一応異論が出る
いや波平だという人もいるし、やっぱりカツオだという人もいる
サザエは所詮狂言回しである、だから、そんなに大した女には作っていない
新しい家族のあり方として”妻の家族と同居する”というパターンを作った
そういう風潮を先取りしたのがアニメ番組としての成功の基だと思っている
大阪育ちのマスオさんが一度も大阪弁を語らない
もちろん、博多育ちの波平さんやサザエも博多弁を語らない
東京に出てきた途端に東京に帰化している
徹底的に家族平和を求める家族を描くようになったのはアニメのスポンサー東芝の戦略であった
数十年も前に始った長谷川町子女史の「サザエさん」という風俗(風刺も)漫画は朝日新聞の販売促進であった
女性原理で家庭を作っていくとこうなりますということが受けた訳である
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家でも会社でも戦わない論理は平和主義の女性原理から来たものである
日本の女性は昔からそんなこと折込済みだったのだ
男どもは甘えて威張ってればいいのに、急に理解のあるようなことを言う
そんな男の相手をすることは日本女性にとって物足らないことなのに、気の利いた女性は決して言わない
その役をしているのがマスオさんである
ただ、マスオさんは磯野家ではない、磯野家の平和には貢献するが、それでは大阪人フグ田家の明日が見えない
ただ、家でもう一人の母親みたいな男の背中ばかり見せられたタラちゃんは不幸である
かくして男性原理は廃れ、男も女も女性原理的平和主義と平等主義で生きていくことになる

ならばと言うことで波平さんを前時代のがんこ親父に作ろうとしている
が、作中、波平さん自体が出来が悪く軟弱である
会社でやったことのない頑固おやじを家族にやらしてもらうことこそ軟弱の極まりである
フネさんは絶対に主役にならないことを信条としている
だから、家庭調和と言うのです
そのかわり日本女性はこんなものでいいのです、とばかり言っている
が、小生は悲しい、それでは親を超えられるいい女性が育たないのだ

言いかえれば白物家電の世界です
日本の技術史では、洗濯機も冷蔵庫も必要に応じて出来て来たことを強調しているが、電化製品を家庭に普及させるのは別の戦略がいる
家族は家電製品の進歩に合わせて進化していきましょうねと言っている
東芝ゆえではない、全ての国民がそのことに慣らされた
電機メーカー東芝は日本唯一の原子力メーカーでもあった
原子力メーカーと原作の持っている風刺と言うものが両方とも消えてしまった気がするのだが・・アニメに対しては言い過ぎだろう
都市伝説の一つにマスオさんの浮気の相手は〇〇アワビという若い女性らしい
そんな話がテレビに出てきたら面白いね
♪そう、はじめて自分を生きる・・(吾亦紅から)
そこまでは期待できないけど・・
東芝がスポンサーを下りてどう変わるかが興味深いのも事実だ
鯵庵(2018.6.10②)

by ajiankyoto | 2018-06-19 17:30 | 家族 | Comments(0)

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昔テレビドラマで「渡る世間は鬼ばかり」というのがあった
視聴率が高かった
テレビドラマは「〇〇日曜劇場」や「男はつらいよ」のように人情の機微を優しく表現するものとばかり思っていたからびっくりした
確かに出演者(役柄)が皆鬼だった
全員が思ってることをストレートに遠慮なく語るのだ
皆が心の底に何もためずに感情を出しまくるのだ

このドラマが嫌いだった人の気持ちが分かる
これが自分の家族から出た言葉だったら・・と思えば見ていられない
このドラマが好きだという人の気持ちも分かる
ドラマのように一度や二度は辛抱している自分の本心を口にしてみたいと思う
それが高視聴率の理由だと、あるいは今までの常識を打ち破ったと思えば理解できる
このドラマが長く続いたことには作者なりの工夫があるのだろう

全ての役が老いも若きも男女ともに同じ性格だということである
もっと言えば、皆が人をいじめることが好きで、いじめられることに強いということだ
そして、皆が自分と同じ性格だと確信していることだ
だが、それは未だかって地球上に存在したことのない事例だ
確かに家族でもそういう観点でとらえようとする人もいるだろう
それを嫁と姑の確執ととらえる人はそもそも人が嫌いな人だろう
またそれは家族と他人を同じ枠で考える人だろう

世の中には人が嫌いな人と人が好きな人といる
家族を思うように人に接することを惻隠の情という
相手をおもんばかってやることだ
言ったらいけないことを言わない気持ちだ
言ったらいけないことを言わせない気持ちだ

赤子が泣いてそれが何を訴えてるのか分からない母親はいないはずだ
赤子は泣く以外に表現できないし、母親の都合を分からない
それが子供になり大人になれば分かるように育てるのだ
親の気持ちが分かるほどの大人になるためには年月がかかる
皆が赤子のように自分勝手に喚きだせば家族ではない
が、ドラマだったらそれも可能かもしれない
もう、終わってる家族はセリフがなくてドラマにならないことだけは言える

ぼちぼちこの吾亦紅シリーズも終わりかけである
鯵庵(30.6.15)

by ajiankyoto | 2018-06-15 07:17 | 家族 | Comments(0)

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新しい家族を作ろうとした我ら世代は結局は家族を壊してしまったのではないだろうか
家族は本来の最小単位だが
家族は最大の群れだった
家族が皆一緒に暮らせることが一番の幸せである
原始の時代からの本能の一つだろう
だが実際はそうでなかったこともまた多い
社会生活を行うにつれ家族の単位は小さくなっていく

人間に仕事の歴史はもはや3千年になる
家族を守っていくのは男の仕事だった
守るために戦う為に仕方なく離れ離れになったことの大きな不安も
やがて繰り返しの学習で克服できる社会になってきた
家族は肉体の痛みを共有するものだ
しかし離れたとたんに痛みは半減する

家族に助けられなかった我ら世代は家族として助ける方法を学習していない
家族を壊す仕組みばかりを作ってしまったために
家族を離れたゆえに生きていけない多くの人たちを作ってしまった
家族の単位は限りなく小さくなってやがて個になっていく
ふがいなく、なさけなく・・
まだ小さい方が暮らしやすかったと誤解している
社会は家族の代わりはしてくれない
しかしもう、戻ることはないだろう
鯵庵(30.1.15②)

by ajiankyoto | 2018-06-02 05:14 | 家族 | Comments(0)


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我らサラリーマン、何もないところからやっと家一軒持てるようになった
家族はあったが、今は子供たちが同じように自分の家をこしらえている
小生はツバメ派である
ツバメはオスメス共同で巣作りすることで番になる
どちらかに事故がない限り添い遂げる
代々同じことをしていると思えばいい

小生は今は年金もあるがアルバイトの仕事もある
70歳を過ぎても働いてる人の方が多いし、尊敬できる
今となってはである
親の面倒を十分見ることは出来なかったが、そのかわり親に面倒はかけなかった
そんな生き方を選択したつもりだが、それはあくまで自分の都合であった
そのまま置き換えれば子供に子も供らの都合がある
空腹であろうとなかろうと親からもらえるものがあるなら拒む必要はない

息子が先に亡くなった時、小生ら夫婦がともに息子の相続人だったけど
21歳の息子には財産がなかった
サラ金の借金を遠くまで行って返済したくらいだ
後の方になって・・死亡だったら借金は返さなくともよいと教えられた
本人が死亡しても取りはぐれないためのサラ金業者が保険をかけている
不自然な相続は取りはぐれることが多い、だから保険制度があるともいえる

遊び好きの悪ついでに・・そんなことなら子供の一人も残してくれてもよかったと今は思っている
ひょっとしたらと・・と思う話があったけれど・・そこまで気が回らない
あくまでも仮にではあるが・・いい嫁になる前に、好きな男を失った人が一人はいたかもしれない
あくまでも仮定であるが、それを私たちに言えなかった、としたら私たちも未熟だったのかもしれない
20代は未熟である、人生をテレビドラマでしか知らない
今は子供が大人になって始めて自分も大人になれるのだ
あれから20年の歳月がまた流れて・・あれが我が家が滅ぶ前兆だったのだと気付いた
それも仕方のないことだった
鯵庵(30.5.31)

by ajiankyoto | 2018-05-31 20:04 | 家族 | Comments(0)

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テレビで見た話である
父親が亡くなって、母親が残った
息子と財産分与の話をしていると既に亡くなった妹の息子(孫)が現れた
ほぼ、何十年か振りぶりである
しかも、葬式が終わってからのことである
クイズ形式だから、この孫に相続権があるか?ということである
答えは「ある」ということである
既に亡くなっている妹の分を引き継いている
これを代襲相続(だいしゅうそうぞく)という

亡くなった人の妻が半分、
子供は二人だったから妹の子は長男と同じで4分の1の相続権がある
故人も忘れていたかもしれない
数十年も寄り付かなかったこの孫(と父親)に母親は住むところ(家)を奪われる結論になる訳である
しかも今度母親が死んだときにまた出てくることになる
同じ孫でも生きてる息子の子は相続人ではないし、
極端に言うと将来の遺産が半減した訳である
うま味のある話はその逆が存在する
相続とはそういうことだろう

故人の遺志は確かに尊重できるが、さりとて故人の遺志は曖昧なことが多い
法律がそのことを救っているのかもしれない
少なくとも個人の財産権というものを明確に認めてくれているのである
もめるなら皆で放棄しなさいということだ
国へ返してもらってもいいですよ、とくる

この話少し続けます鯵庵(30.5.20)

by ajiankyoto | 2018-05-21 12:48 | 家族 | Comments(0)