逆オレオレ?

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田舎の一人暮らしの老婆に
地元信用金庫の営業マンが来て年金の振込先をうちにしてくれと言ってきた
ささやかながらも地元の付き合いだからと快く応じていたら、今度は定期にしてくれと言い出した
どこでもいいのでまた別を解約して定期にしてやった
もちろん次に農協も郵便局も来る
こちらの定期を解約して新しいところに預金する
そんなことが続いた

義兄は大阪で暮らしている、その義兄の話である
その老婆(家内の母親)に変調が生じてる
年金が入ってない、通帳を盗られたと駐在さんに電話する
認知機能に障害だとわかる
ずっと一人暮らしだし、今までは畑もするし、近所の付き合いも何んとか間違いなくできていた
そんなことだから介護認定を受けていなかった
やはり診断の結果は初期段階ながら認知症が一気に進んでいるということだ
独り暮らしの限界である
せめて週に幾日でもディサービスでお世話になりたいと思えば手続きが必要だ
田舎に通いつつやっとの思いすました、と言う

話が落ち着いたので銀行にもお願いに行った
現段階で母親の人格に問題はないのだが
いかに元気だからと言って90代半ばの老婆に何年ものの定期を勧めるのはいかがなものか?
地元各支店の課長さんは口を揃えてそんな強引な営業はしていないという
しかし、預金の解約はご本人が来ていただきたいと念を押された
また一つ仕事が増えた
このままでは施設の費用も万が一の葬式代も出せないという
預金を下ろす話をすると決まって次の日に駐在さんに電話するという
息子に金をとられると・・
明日になれば、あなたの家でも起こることです

エキサイトブログもSSL化以来また不都合が色々出てるみたいですね
そだねーやだねー
鯵庵(30.2.26)


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by ajiankyoto | 2018-02-26 20:07 | 健康保険 | Comments(3)

水仙は咲いたけど

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小生の庭仕事は実は遺品整理だったのだ
湖東に住んでた大従兄弟(いとこ)が亡くなって3年になる
庭付きの分譲住宅が自慢だったが、その庭が倒れた時のままだということだ
遺族はもう庭などかまってられない
だが庭は遺品整理屋でも扱ってくれないし宅急便で送る訳にもいかん
小生庭いじりが好きで田舎ではほとんど自分でする
そういうことだ
一作年の初冬だった
ミニ耕運機と道具をこっちの田舎から車に積んで行った
暗いうちに栗東あたりまで行って一日庭師のまねごとをしてきたわけだ

木はほぼ幹だけにした、選定枝は鉈で小枝を払い井桁に積んどいた
プラ鉢は割れてるのもそうでないのも皆プラゴミにする
鉢棚などは出来るだけ細かく切断一切ゴミにした
一部金属が混じるがゴミはそれだけである
石は出来るだけひとまとめにした
鉢植えは全部鉢から上げて、焼き物の鉢は玄翁で細かく割った
それをまた鉢の土と、なおレンガなど砕いて傾斜をつけて山野草風に植え付けた

その後ろのブロック塀を支柱にして持って行った竹を4つ目垣風に組んだ
少し締りは緩いがおとこ結びは得意である
クレマチスなどツルものはその下に地植えした
剪定しなくても数年、春だけなら咲くだろう
空いたことろ木の下などに持って行ったスイセンの球根を無造作に植えた
逆に生き残ってた盆栽やツツジ類は裸にして車に積んだ
そこにあった園芸道具なども車に積んで持ってかえってきた
ほぼ更地になって殺風景なほどきれいになった
枯れるものは枯れていい、水やりも植え替えもしなくてもいい
枯山水ではない、陽当たりのいい枯れ庭である

便りがあって、今年は早、日本水仙が満開ですと言ってきた
せっかくの大工事だったけど家を処分することになったということだ
え、まさか相続税??
一人になって80歳になったので施設に入るようになったらしい・・
そう家族で決まったということで挨拶があった
庭師(?)として頭を使った作品(遺品整理)である・・??
も少し待てばクレマチスが花を・・
所詮去年の春と今年の春はまた違う
しかし、ほっといてもスイセンだけなら来年も咲いているに違いない

写真は真如堂にて
鯵庵(30.2.23)

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by ajiankyoto | 2018-02-23 08:16 | 往生 | Comments(0)

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何万年も辛抱していた休火山が噴火するのは、ありえないことの例えである
磯野家の脇をがっちり固めているマスオさんが・・
ひょんなことから里へ帰ることになった
もちろん仮定の話である
磯野家は福岡から来た
フグ田家は大阪である
一度も舅や嫁の前で大阪弁も語らなかったマスオさんが??
ついに「里へ帰らせてもらいます」と言った
たとえそうでなかっても、大阪転勤もあり得る訳である
も一度言うが仮定の話である

サザエはどうするのだろうか
大阪へタラオをつれてついて行ける女ではない
タラオはまだ小さい、それでも単身赴任ならあり得るかもしれない
サザエは言うだろう、せめて福岡ならついていくかも
小生の昔の会社では大阪支社勤務になるくらいなら、九州もしくは北海道まで行った方がましだと言う
ましてや京都などと言ったら、もう、帰り道が遠すぎる、という
そのかわり大阪で送別会すれば、「はよ帰ってこい」と皆が言う
送られたものも最後まで大阪弁を通すものだから意外と早く帰れる
もう一つは、悲しいかな奥さんがもたないだから、結局早い目に引き上げてくることになる

家庭がもたなければ仕事する意味がない
波平さんはマスオさんと絶対喧嘩しない
何十年たっても喧嘩したのを見たことがない
それはマスオさんの覚悟である
サザエの覚悟だとみている人がいるがいるが、それは違う
「サザエさん」でマスオさんが主役だといった意味がそこにある
本当に世の中はマスオさんみたいな人が主役である

仕事で失敗でもしたら、いつか「里(大阪)へ帰ります」と言い出すドラマを期待している
マスオさんだって、いつか噴火するというのは当たり前だと思うのだが
やっと東芝がスポンサーを止める時が来た
磯野家の屋台骨が・・崩れる????
鯵庵(30.2.19②)



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by ajiankyoto | 2018-02-19 05:00 | おとこ編 | Comments(0)

間違い電話

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家内の友達が来て、茶を飲みながら語る
「おかーさん」と言って電話がかかってきた
そのうるさいおばさんが優しい声でが「○○(孫)は元気か?」と言う・・
あっという間に「スンマセン間違いました」と言って電話を切られた
・・という
そんなことあるのん

それ間違い電話?
何を間違ったの?
自分の母親と亭主の母親と掛け間違い?
確かに間違い電話ではあるけれど・・そんなん、電話帳でもっとはなしとかな
せっかくかかってきた電話で「間違い電話」と言われたらなんとも気合の悪い話だった
と、思ってやった

女も結構年とってから辛い人生が始まる・・ような気がした
この正月も孫に会えなかったみたい、それを言いに来た、ようだ
しゃーけどそれぐらいのことは自分らも気が付かんとやってるのとちゃうか
女だって昔のツケはあるやろ
孫にはそう言われんようにせめて作戦練っとかな
鯵庵(30.2.15)

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by ajiankyoto | 2018-02-15 12:05 | 家族 | Comments(0)

家族は大きい方がいい

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新しい家族を作ろうとした我ら世代は結局は家族を壊してしまったのではないだろうか
家族は本来の最小単位だが
家族は最大の群れだった
家族が皆一緒に暮らせることが一番の幸せである
原始の時代からの本能の一つだろう
だが実際はそうでなかったこともまた多い
社会生活を行うにつれ家族の単位は小さくなっていく

人間に仕事の歴史はもはや3千年になる
家族を守っていくのは男の仕事だった
守るために戦う為に仕方なく離れ離れになったことの大きな不安も
やがて繰り返しの学習で克服できる社会になってきた
家族は肉体の痛みを共有するものだ
しかし離れたとたんに痛みは半減する

家族に助けられなかった我ら世代は家族として助ける方法を学習していない
家族を壊す仕組みばかりを作ってしまったために
家族を離れたゆえに生きていけない多くの人たちを作ってしまった
家族の単位は限りなく小さくなってやがて個になっていく
ふがいなく、なさけなく・・
まだ小さい方が暮らしやすかったと誤解している
社会は家族の代わりはしてくれない
しかしもう、戻ることはないだろう
鯵庵(30.1.15②)

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by ajiankyoto | 2018-01-15 17:38 | 家族 | Comments(0)

老人化が始まる日

小生の親父は今年で100年になる
親父が70歳の頃、小生が40歳ぐらいの時である
親父がパーキンソン病を宣告された
その時まで意識していなかった親の老後を感じた
一気に我が家族も老人化に巻き込まれたという気がした
82歳で亡くなった、今日は親父の命日だ

誰かが言っていた
老人化と我々が言う場合には3っつのパターンがあると
一つ、自分が年とること
二つ、連れ合いが年とること
そして三つ、親が年とること
親が年をとった時に老人化のすべの課題が身近になってくる

あれから30年、一世代進んで今度は私が老人になった
当時老人化はまだ家族にとっての問題だった
その間にゴールドプラン(1989年)や公的介護保険制度(1997年)がスタートした
今は、社会全体での問題となりつつある
それは子供や家族に頼らなくてもやっていける
本人の心がけ次第の老後となったというわけなのだ
ところがである、いずれ老人のための施設にも限りある
ピークに合わせた施設整備は必ず過剰なものとしてあとに負債が残る
老人世代がヘルパー世代より人口が多いということになれば
結局は家庭での自力介護に戻らなければならなくなっているようだ

戻るべき家庭があればいいが、配偶者すでになく・・子供とはなにかと疎遠では・・
自分の老人化を子や孫の老人化にすることが出来ない
いずれどこかの大部屋で一人寂しく生きていくしかなくなってしまう
もうそれは始まっている
マイホーム主義の我らの世代だった
それが最後の矜持かもしれないが・・
それがマイホーム主義のつけ払いだと気付くのはこれからだと思う
鯵庵(9.16)



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by ajiankyoto | 2017-09-16 17:42 | 往生 | Comments(0)

スイカの愚痴

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吾輩はスイカである・・?
「サザエさん」でタラちゃんが庭でスイカ割りをする場面があった
懐かしいと思う人がおったら、相当な年配だと思う
が、さりとてスイカを買おうと思うかどうか
今、スイカいくらするのか知っている
直販価格で10キロ未満のL寸で3000~4000円である、やはり高い
京都でも祇園祭が終わった頃がスイカの季節である、が、8月に入ったら少し安くなる

スイカ網って知ってないだろう?
それから一世代、今頃網に入れたスイカをぶら下げている人を見たことがない
家族でスイカを食うシチュエーションがなくなっているのだ
3000円も出せば保証付きのメロンもある
結局スイカは親しみより懐かしみが勝っている
小さなころにスイカを食わされた小生も、田舎で畑のスイカを食ってきた家内も、皆、実は美味しいスイカに当たってなかったのである
実はスイカは甘くて美味しいのだ
世の中にはこんなことは多い、本来の味を知らないままのことが多い

有名産地では必死になって美味しいスイカづくりをしている人がいっぱいいる、その人が悪いのではない
スイカを作ることは出来るけど、美味しいスイカを作るのは難しいのだ
昔から素人が作ったスイカなど美味しくないに決まってる
街へトラックで来て産地直販とかの感覚で、美味しくないスイカを何十年にわたって食わしてきた輩がいるのだ
今更ブランド化したとて切り身で色を見てからしか売れないものになった
美味しくないスイカの祟りなのである
熱中症予防にスイカは持ってこいであるのだが・・

その気になれば美味しいスイカを食えるようになった
ころには家族がなくなってしまった・・
今の家庭には井戸もなければ丸ごとのスイカを入れる冷蔵庫もないのである
それが結論である、いやいやスイカの愚痴である
写真はサマーセール
鯵庵(29.8.5改)残暑見舞い

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by ajiankyoto | 2017-08-05 12:00 | 翁草 | Comments(0)

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本山なら宿坊(ホテル)を経営出来る
塔頭寺院ならそれなりに墓地の守や幼稚園経営でやっていける
観光寺院でなければ経営も出来ない
とすれば、俗世間に自ら近づいて入っていかなければ生き残れないことになる
どこが悪いのだと開き直らなくてもいい
宗教を広めるには俗化する宿命は避けられない

由緒や祈りも現在進行形ならお寺の生活も現在進行形なのである
・・と言えど、軒を連ねて俗なものが並んでいる街が京都である
ただの民家となすべきではないと
もともと寺は檀家があって、大檀家が国や豪族であれば公務員然と暮らすことが出来た
だから、堕落したとも言える
他人のために祈ることを忘れた
廃仏毀釈の憂き目にあった
肉食妻帯は以前からだとしても、家族を養っていかねばならなくなったら、俗そのものなのだ
それから150年、一度緩めたものが締まることのないのが世の常のことである

さりとて時代を戻せたとしても同じこと
今時、人より犬が好きなボンさんもいる
ぼんさんって近所の人、普通の人、俗な人・・
京都ではそれでも何百年とそれで付き合ってきた
それが「坊んさんが屁をこいた」である
ボンサンガヘヲコイタ、ボンサンガヘヲコイタ・・・・
子供達も肌で知っているし、親も止めることはない
それを見てボンさんがにっこりしているというのが本当の京都ともいえる

我が家のタヌキも目が霞んできた
鯵庵(6.14)

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by ajiankyoto | 2017-06-14 18:37 | ご利益 | Comments(0)

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「だるまさんがころんだ」・・知っていると思う
が、京都・大阪の子供達は「ボンさんがへをこいた」が強い
鬼ごっこなどで十の数を数える文句である
お姫さんでも糞もすれば屁もこく訳だから、坊主(ボンさん)が屁をこくぐらい何でもない
そんな恐れ多いこと・・と思う人は京都にはいない
京都は各宗派の本山が並んでいる
門跡寺院は京都だからこそであり、その他の寺も由緒を書くことでは負けない
観光寺院であってもなくても寺には住職がいる
ずっと昔、明治5年に太政官布告が出た
「自今僧侶の肉食妻帯蓄髪勝手たるべし」とある
が、そもそもこんな布告を出さなければならないほど僧侶の日常は俗化していたとされる

800年前の親鸞ほどの人間がいる訳でなし・・
しかし、この布告によって一層仏教戒律は骨を抜かれた
出家も在家も全く同じことになってしまった
ボンさんに家族が出来て家族のためにお寺を経営し財産を守る
財産を子に継いでいく・・というならお店(おたな)と同じだ
大きさから言えば商売人以上の経営センスが必要だろう
それはそれでいいのだが、お寺が修行の場でなくなった

息子は本山系の大学でさえあれば入学も卒業も出来る
娘を幼稚園からキリスト教系の私学に入れてよその親と同じレベルで教育を語ったりする
ちょこっと楽屋裏(がくやうら)をのぞき見すれば、高級車があったり、その横に子供の三輪車がおいてあったりする
家族があればなまめかしい洗濯物も干さねばならない
このお寺の跡継ぎのお嫁さんは宗教家と一緒になったという認識がない
現世は多様である・・ご住職にとってはこれも修行かもしれない

それにしても廃仏毀釈、時々廃仏稀釈になってるので注意
(後編に続く)
鯵庵(6.12)

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by ajiankyoto | 2017-06-13 06:37 | ご利益 | Comments(0)

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「市民たより」に認知症の記事があった
”10年後には65才以上の5人に1人は認知症になると予想されています”とあった
話が始まる
物忘れや散歩で道に迷ったりしただけで、娘が病院に行こうと言いだした
「普通に生活できているのにそんな筈はない」とつい怒鳴ってしまった
病院へ行けばやはり認知症だった、と言う話である

ついでに怒りやすいのもアルツハイマー型認知症の初期症状だとある
「年取ったら誰でも簡単に認知症になるんだから、家族に早く見つけてもらいや」
それだけでいいという気がするのだが、

もう一度同じことを言うが
10年後には65才以上の5人に1人は認知症になると予想されています”というフレーズの根拠が書いてない
5人に1人なら病気として未だかって経験したことのない高率と言える
何故10年後なのか、今55才の人も5人に1人と言うことか?
そもそも、認知症を患う率が5人に1人なのか?
・・・分からなくなってきた
統計と言うものを装っているキャッチフレーズは市民はいただけない
認知症が増えるのは独身が増えてるからではないかと思ったりする
いやいや長生きする人の割合が増えているだけのことではないのだろうか
それなら、(生きている限り)年齢とともに発症率(もしくわ発見率)が高くなりますというだけのことだろう

早期発見が認知症の治癒につながるなら市の健康診断でやってほしい
ひょっとしたら、これから認知症の診断ができるお医者さんを増やしていきますということなのかもしれない
それならそれでいい、その方が大事だ
それほど多い病気なのにしっかり検診出来る専門医は限られる
老人性と病気とは違うはずだ
いくらありふれた病気でも誤診では年寄りは浮かばれない
この頃まるっきりテレビが面白ろなくなった、などとぶったら認知症を疑われるかもしれない

それでも、すぐに病院へ行こうと言うてくれるような家族がいるのは幸せだ
特に、市民たよりに出てくる気の利いた娘がいればなあ
やっぱり娘だけやなー・・うちの”かかあ”や”あの嫁”では無理やなーと思った人の方が多い気がした
小生のことではないので念のため
写真は新緑、いきいきしてたのは全て昔のことです
鯵庵(5.19)


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by ajiankyoto | 2017-05-19 21:05 | 健康保険 | Comments(2)