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年功序列

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この頃、サラリーマンしかしたことのない人がシルバーの職場に増えている
小生もその一人である
継続的に仕事のあることは幸運である
シルバーも早いもん順は間違いない

そう言うと、私の先輩は、シルバーに歳の差は関係ないと言う
シルバーの年功序列というのは死ぬ順番のことを言っている
病気もボケも許されない
早いもん順とはそのことらしい
「年功序列に異議があるならボケるのは後回しにせよ」と・・・言っていた
やはり年とってからの仕事は買ってでもせよ?????
鯵庵(1.5.10)

by ajiankyoto | 2019-05-10 08:26 | 往生 | Comments(0)


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この頃街中を歩くと同年輩によく出合う
都会は今はガードマンの時代だ、道路工事に限らずパチンコ屋でもスーパーでもお寺でもそこらじゅうガードマンである
よく見ると、それこそ同年輩が多い
ヘルメットをかぶって少し顔も汚れているが、手入れされた髭の似合う紳士が多いことに驚く
この世代ではガードマンの仕事につけるのはエリート的存在なのだ

同年配の輩(やから)とは昭和20年前後から20年代の生まれというところ
帽子をかぶってリュックを背負って、いかにも街中をぶらぶらしている
もちろん結構いいものを着ている
まー恐らく定年を暫く過ぎて、しかも、仕事は何もしていない
広義で言えば団塊の世代とも言う
団塊の世代はそもそもその言葉が嫌いだけれど、それに代わる有効な単語がない
小生もその仲間だというのに、そんなぶらぶらしているオッサンを見るとこの頃鬱陶しい(うっとうしい)と思ってしまう

昼飯にさる中華屋に入って驚いたことがある
一人でビールや酒を呑んで中華を食っている人に挟まれたことがある
夜勤明けの労働者でないのは誰にでもわかる、それがまた同年輩である
カウンターで両側に大食漢の同年輩に挟まれると席の幅は狭い
必要以上にゆっくり食事する様子はそしり食いの様であった
たとえそれがデカダンスであったとしても・・・
客の若きサラリーマンやあるいは安い時間給で働く店員から見てどう見えるのだろうか


朝から一日街歩きの文化人風老人、昼間からビールで食らう今は遊び人風老人
その他にも、株屋の前で数字の掲示板を見つめて一日過ごす人もいる
この頃のメーデーやデモで大多数を占める元気な老人たち、これ皆街で出あう同年輩である
いずれにしろつい数年前まで都市の経済を支え会社の中で必死で働いて来た人であろう

"憎まれ者世にはばかる"という言葉がある
実は"憎まれてこそ世にはばかる"というのが正しいのではないか?
今もって世にはばかる輩も、今頃になって世にはばかる輩も同じである

その人それぞれの実際の境遇や懐具合はそこからは何も見えやしない
ただ、若い人の目から見れば腹立たしく感じるかもしれないと、この頃思っている

現在(いま)も違う以上に、過去も違う、もっとそれ以上に先のことも違うだろう
ただ、間違いなく、同じような人生(老後)を暮らすことはないように思う
家族にも社会にも何の役割もなくはばかるその姿のまま、あと何年暮らさねばならないのだろうか
ここまで来て犯罪者に転落する人間もいる
不幸でもないのに人を羨ましく思って暮らすのは嫌だ
やはり不健康で長生き出来ない人もいるだろうし、長生きしたとしたら一人で施設で暮らしているかもしれない
何か絡まっているように見えるけど碇(いかり)ほどのものじゃない
60歳を過ぎればアンカーのない小舟なのだ
おそらくイソップ童話の結果とはきっと違うだろうけど、それが誰にも本人にも分からない

のが人生なのだと、思えてくる
鯵庵(1.5.8)

by ajiankyoto | 2019-05-08 08:41 | 往生 | Comments(0)

立夏の頃

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新緑だと言えば"青もみじ"だと言う
「京都ではそう言うんだよ」と逆に富山の友人が教えてくれた
そうか、金沢・富山までは昔から特急サンダーバードが走っていたな
だから、京都の旅は身近だという
JR西日本などの交通観光業界が力を入れているというのが訳だった

なにはともかく国語辞典でもみじを引くと、➀紅葉とある、②に"かえで”とある
かえでを引くと、カエデ(楓)科の総称とある、葉が手のひら状で紅葉が美しいとある
新緑が美しいというのでは足らなくて・・"紅葉が美しい楓の新緑、若葉も美しい"と言おうとすれば"青もみじ”になる?
元々新緑や若葉などと適格な言葉が存在する・・それで十分ではないかと小生は思う訳である

なお・・俳句の季語なら青楓(あおかえで)という言葉が古くからある、そのことやんか
実はそれどころか、「青紅葉(あおもみじ)」という言葉は既にあるのだ
紅葉の時期にまだ緑色を残しているもの、あるいは紅葉の進みを言う

紅葉しているものと未だ色づかないものグランデーションを愛でた言葉である
言葉としては新緑一色よりも奥が深い感慨が得られる

「青もみじ」という青二才的造語は、立夏のこの時も、紅葉の名所に客を導ための言葉である、ことを理解している
京都を売らなければならない業界の努力である
言い換えればこれもサラリーマンの論理なのである
観光というものはすべからくミーさんとハーさんのためにある
語彙(ごい)に飢えている人には青楓(あおかえで)より入りやすいのも事実だ
あえて言えば「青もみじ」と「青紅葉」ではまるっきり意味が反対になってしまう
なお、しかし、観光業界用語「青もみじ」は人生の秋の言葉「青紅葉」を駆逐するだろう


そんなことを言ってると今度は「あお若葉(もみじ)」というのが出てきた
若葉と書いて強引にもみじと読ます・・・・??

鯵庵は言う、つまらんことを言うと「往生しまっせ・・?」と漫才では言う
往生しきれないことを往生しまっせというのだよ
それが分からないと言葉の面白さのが分からないのだよ
鯵庵(1.5.6一部訂正)

by ajiankyoto | 2019-05-03 21:21 | 往生 | Comments(0)


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この頃家を出る時の忘れ物が多くなった
二度も取りに帰ったこともある
忘れ物をしないようにと思うと、他のものを忘れたりする
財布や携帯電話や鍵など忘れなければ何とかその日は過ぎる
それと忘れ物に気づかなければその日は過ぎる

忘れ物でも帰ってくるまで気付かなかったらそれは要らなかったものに近いのだが・・
と言うことでリュックにしたら、リュックが一杯になってしまった

それでも・・何かを忘れているという恐怖感がある
ガスを消しただろうか、本当に鍵をかけて出ただろうか
家内がいなければそんな心配まで増える
そんなことでは一人暮らしになったら外出もできないのでは?

それでも今までも忘れ物ばかり
ボケが始まっている???・・・という人もいるが
忘れ物とボケはやはり違う、忘れてはいけないものが多くなったのだ
開き直って忘れ物があると思って家を出るようにしている
♪青春は忘れ物、過ぎてから気がつく・・と言う歌があった
長い人生ならもっとあっても不思議ではない
余韻も足跡も残せないかもしれない人生、取りに帰ってくるほどのものはないか

そもそも・・平成の忘れ物は取りに帰れない
鯵庵(1.5.3)

by ajiankyoto | 2019-05-03 08:41 | 往生 | Comments(0)

老ネズミ男の妄想


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病気や薬の副作用で出る妄想はやはり病気の所為である
が、それはわかっていたとしても家族にとっては重大事になる
波があることも医者から聞かされているが波の高い低いは家族でもわからない
妄想はおとぎ話は違う
おとぎ話は最初から架空の話だと分かっているが
幻聴や幻覚は現実なのだ

心にも耳にあるような三半規管みたいなものがあるのではないか
その心の平衡感覚が狂い出すのではないだろうか?
心は握りこぶし二つを合わせたものだというけれど
それが離れたからといって倍になる訳ではない
小生は医学の知識もないし、心理学の素養もない
なんとなく気づくことがある

妄想はあらぬことを考えてるのではないのだ
妄想というのはその人の本心なのだ
もともと本心というのはいつも固い殻を被っている
そう訓練されたというのが正しいのではないか
妄想の始まりは人が信じられなくなることだ
自分だけが可愛くなる
求めているものは(下世話に言うと)色と金なのだ
あとは子孫を残す本能かもしれない
本能ボケながらだからこそ人に獲られたくないのだ

本心とは逆の顔をして生きてきたことが壊れるのだ
その皮が壊れたりして本心がむき出しになる
あるいは心が壊れて本能がそのまま出た状態が妄想なのだ
幻聴・幻覚というけれど本人には幻聴・幻覚でないことが問題なのだ
年とって病気になることの怖さがそこにある
病気になってぼろが出る??のである
小生のその正体が根っからのスケベーなネズミ男であったのがばれるのだ
鯵庵(31.4.25)



by ajiankyoto | 2019-04-25 17:24 | 往生 | Comments(0)


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少し前のこと・・”老後の暮らし方に結婚がある”と言ってある女性作家が結婚した
"60代になると老後しかない"と言ってるようではあるが、逆にまだ"現役"だと言ってるようでもある
ただし、この場合の老後とは明確に定義されたものではなく、"やがて来る"と言う意味に近い

誰でも老いる限り老いて後の老後は必ずやってくるわけである
老後は多様である
それよりも貧富の差の方が気になる
人によっては若い時のままであり
人によっては転落している
他人から見ればシルバー一色に見えるかもしれないが、赤や黄や青や黒も、多色である

60代になって初婚だとすれば最初から枯れるわけにはいかない
ゆったりとした老後を得るためには老後への蓄えの一つとして結婚もある
老後という言葉を使える人はそれだけでも仕合せである
老いるということを語れるということである

老人化の過程を一つの人生と考えることが出来ているということだろう
老後が人生の暇つぶしだったり時間つぶしだったら人生が不甲斐ないことになってしまう
と、思いませんか

補注:写真は傅大師、善慧大士とも言う。中国南北朝時代の在俗仏教者。転輪蔵を創始したと言われる。嵯峨釈迦堂にて
鯵庵(31.4.20)

by ajiankyoto | 2019-04-20 17:15 | 往生 | Comments(0)

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家の中に1円玉が増えると認知症の疑いがあると・・という話をする人の話を前にした
日常生活の中にそれらしき症状が現れるものだから、家族の早期発見が大事なことは確かである
件の講師も、80歳前半の人(もちろん生存者)の大体5人に1人だと言っていた
それでも年齢が上がれば割合は進むことになる
他の手引き書でも、認知症の発症は80才以降の年齢で急に上昇し95才以上までなると大体5人に4人にもなる
深刻な数字である

もちろん、認知症と言っても色々な種類があり、どこまでのことを言ってるのか分からない場合もある
現実に、アルツハイマー型の認知症は認知症全体の半分に過ぎない
その他のものについてはあなたも名前も知らないというのが現実だろう
早期に適切な診断がなされないと適切な対処が出来ないのは当たり前である
気になることの一つに、医療体制の都市と田舎の差である
また、治療法が少ないこともこの病気への理解を浅はかなものにしているのではないか
そんな正確な知識は家族にだって求めるのはほぼ無理である

認知症のことも知りたいし語りたいのも事実だが、この件については明らかに経験不足である
ともかく、こんな深刻なこと、風評だけはやめようと思う
この講師の話で納得できたことも沢山ある
ボケと認知症の最大の違い
認知症の人の最大の特長は「自分に不利なことは一切認めない」ということだった
社会生活の基本が欠けてしまうのだそうだ
この言葉が今、小生の中で尾を引いている
本当にただのボケだったらいいのだが・・
鯵庵(31.3.23②)

by ajiankyoto | 2019-03-23 21:43 | 往生 | Comments(0)

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故人が生きていたということは理解できる
でも、そもそも、家族こそが一番故人のことを知っていない
それを知っている人の話を聞くなら、それはそれで人を偲ぶことは出来る
ひょっといたらお通夜の意味はそんなところにあったのかもしれない
それでも人の一生は長すぎる
10年も20年も病気してたら、おかしくなって家族に迷惑かけたことだけ人しか思い出せない
とても皆が言うほど厳しかった人とはとても思えない<・・なんてことになる
サラリーマンだって金貸しだって仕事の成果は評価されるが仕事の癖は正しく評価されることはない
そういう癖の悪さがあると葬儀の参列者の一つの楽しみになることもある
が、昔ばなしは要らないと言われるかもしれない

葬儀は誰のためにあるのかと言えば、残された者のためにあった時代もある
喪主の社会的地位が葬儀を作る
それでいいのだが、時に参列者が困ることもある訳である
自分の親がどんな親だったのか説明できない
テレビドラマのように単純でない、しかしドラマほど複雑でもない
笑い話だけどただの女好きだったと言われるほど単純な生き方をした人は存在しない
家族葬ではもはやそれも必要ない
だから親は単に親である、子は単に子である
家族が集まって遺品整理の話ばかりしておけばいい
それは世の常、凡人も別に困るほどのことではない
死人に個性を感じるのはやはり家族だけかもしれない

人の人生は毀誉褒貶である
世の中(現世)というものはでは人間がみんな集まって出来るだけ都合よいように作ったものである
従って、世間は右と左、上と下、白と黒、・・本物と偽物、正と邪、・・似たものばかりで自分と他人の区別も分からない
警察だって裁判所だって裁けないことが多すぎる
世間のことを世間が裁くのが世間たるゆえんであるどっちみち地獄へ行くのは一人だ
そもそも地獄は現世の資産や地位を認めてくれない、極端に公平な世界だ
閻魔だけが評価する?誰もが通らなければならないのが地獄の門である

絶対の地獄の掟である
その時こそ言いたいことを言えばいい、現世での嘘は通じない
地獄でこそ始めて裁かれ、また地獄で始めて救われる人もいるだろう
そのことを知っているものだけが人生の英雄である
死後のことは天に任せばいいし、自分の身は閻魔に任せるしかない
先に亡くなった分だけ仏に近づける?
せめて年とってから罪はしたくないよな、ご同輩
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今回で吾亦紅シリーズを一応終える
18編に付き合ってくれた人およびその家族の老前・老中・老後・往生・後生に少しでも幸あれと祈る
鯵庵(30.6.17)

by ajiankyoto | 2018-06-17 20:13 | 家族 | Comments(0)

花もまだ残ってる

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3年前に大従兄弟が亡くなったことは書いた
従兄弟でも20歳近く年齢差があった
大阪の名門獣医専門学校に学んで〇〇県庁に勤務する獣医だった
獣医の仕事というのはほぼ役所に限られていた
馬や牛が家で飼われていた時代の話である
家畜というのは子も産むし病気にもなるのである
50年以上も時代を遡れば家畜の生死に自分らの生活がかかっているのである
農業や養豚の人には慕われはしたが、家族は県内転々と転勤ばかりであった
何よりも公務員としての自覚があって初めて勤まる仕事だった

獣医の仕事はこの数十年の変遷の大きな仕事の一つである
馬や牛から豚になり、犬・猫になりネズミからカメやワニにまで移っていく
動物園なら人間以外の動物は全て獣医の世話になる
なすすべがない鳥インフルも獣医の仕事なのだ
一方、今時はペット病院で衛生的な手術台で不妊手術などで荒稼ぎしているのも獣医だ

四国の獣医学校の認可で政治がもめた
四国では獣医が不足だというし全国の獣医の団体は余っているという
そんなこんなでも、小生はたくましい公務員獣医が育ってほしいと思うが
おそらく入学生が夢見ているのはペット病院の経営だろう
家畜というものが死語になってしまっているのだから仕方がないともいえる

公務員生活というのは極端に地味である
大従兄弟夫婦の庭の整理をして少しは手助けしたつもりだが、いまその庭に主はいない
家族の決定で公務員獣医の妻は施設に入った
人は働いて家族を作る、そしていく分かのものを蓄える
その蓄えをこれからの人生で消費していく
それでもそれはある程度幸せなことでもある
同じ子供を育てるためでも人の為になったのが良かったと言う
結局売りに出してるその家の庭に地植えにしたクレマチスの花が残された
家が無くなってもまだ人生終わった訳ではない
水をやる人がいなくなっただけだ
鯵庵(30.5.3)



by ajiankyoto | 2018-05-03 18:29 | 家族 | Comments(1)

包茎って何??

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鯵庵のブログの下に勝手な宣伝が載っている
小生には小生向きの公告になる
いやらしいことを妄想しそれを書いてばかりだからその手の忖度(そんたく)広告が乗っかってくるのである
広告としてはそれでないと効果がない
具体的には「55歳から深刻化する?包茎問題」というのもう頻繁に出る
広告主はもちろんその筋の真面目なクリニックだけど
何でいまさら55歳から???何でいまさらと思ったわけである

気になったついでに開いてみると
➀年取ったら包茎が進むとあった・・そらそこらじゅうが皺(しわ)だらけになるのだからしゃないのとちゃう、ほっとけ
②今からでも遅くない・・高いやろ、やってもいいけど正直今更もったいない
③介護で初めて気づいた親父の包茎・・娘や孫には見られたくない、当たり前じゃ・・・だが、それでうちの家内が恥をかくというなら、やってみるか

こんなことブログに書くかと思われるけど・・③がなければ書かなかった
年寄りは金を持っている、そして使い道に困っている
さりとて人のために金は使わない
そのくせまだ現役思考、内々の野心がある・・
それがまた世間が見ている年寄り像だとも言えるのではないか
と、感じた訳である

男と女のことなら、老後といえども万が一のこともあるだろう
それだけではない、もっと言えば高齢同士と言えども女性への思いやりかもしれない
こういうのを洗練された騎士道(昔はプレイボーイもしくわ好色爺と言われた)というのだろうね
いつかおむつをするようになっても騎士道は必要である?
確かに息子や嫁や娘にあるいは孫に"長い人生が包茎だった"のはばれたくない・・?!
当たり前じゃ、自分でも包茎の子孫と言われたら生きていくのが嫌になる
場合によっては孫が、いじめの対象になる

ただ、統計的には包茎の子孫は我が国人口の約9割に当たる
美容整形の医者がそのことに気づいたわけである
包茎手術は割がいいともいえる
そう思えばこういうささやき(鼻につく)広告も意外と効果があるかもしれない
小生の見聞き学識では人間が進化したカッパは皆包茎である?
それは本当は優性遺伝なのである
鯵庵(30.3.21)

by ajiankyoto | 2018-03-21 21:21 | 家族 | Comments(0)