人気ブログランキング |

愛を手に入れる方法

b0355451_09373406.jpg
愛を手に入れる方法はない?
キレイになることだと思う
キレイになる方法が間違っていると愛を手に入れることはできない
幸せなのか不幸なのか、思い方次第だがやはり不幸は不幸である
キレイにも幸せにも循環というものがある
循環に乗らなければいつまでも幸運や愛を手に入れられないのだ
愛は売っていないがキレイになる方法は売っているのだ
それを宝石だとか化粧だとかと思うと、本物が手に入らないのだ

親からの愛で子供時代を過ごしてきた
青年期になって急に男として女として値踏みされる世界に放り込まれる
愛を得るために何が大事なのかを学習していないのだ
愛は売っていない、そのことに戸惑うのである

キレイになる方法はいろいろあるが
男は自分を洗うことだ
女は自分を磨くことだ
いずれも少し時間がかかる
年をとるとともにキレイになることが出来たとしたら
必ず愛を与えることが出来る

いい人と付き合いたまえ
上手くすれば愛を得ることもある
愛とはそれほどのものだ
急ぐことはないが
方向は間違ってはいけない
貴女にはその資格はある
鯵庵(31.4.6)

by ajiankyoto | 2019-04-06 09:38 | 家族 | Comments(0)

親鸞の女人正機

b0355451_16333292.jpg
煩悩の一番多いのが女性である
いや、女性には五障という障りがあると経典に書かれていることだから
仏の前では女性は埒外だった
29歳の親鸞は比叡山を下りた
京の街の中の唯一の寺六角堂に籠った
青年親鸞は法然を師として専修念仏・念仏往生の道を選んだ
もう一つ親鸞が決意したのが”女犯(にょぼん)”の道である
この時代、既に僧侶の妻帯は珍しくなかった
六角堂に籠った親鸞を夢で導いたのは救世観音(ぐぜかんのん)であった

救世観音は、"われ玉のような女となって犯されんと、そなたの妻となって一生涯そなたを飾り、
命の終わるときには西方の極楽浄土に生まれ変わらせようと"・・告げた
性という人の根源的な宿業に正面から挑みその苦しみ中でも救いの道を探しに行ったのが親鸞であった
専修念仏の罪で僧籍をはく奪され法然は土佐へ親鸞は越後に流される

男にとって女性はどうしても性欲の対象である
が、女性にも性欲はある
性欲だけが煩悩なのだろうか
そう言う訳でもないが、もともと仏の前では男も女も無い方がいい
・・なら・・第一に女性が救わるべきだというのが女人正機なのである
女性を阻害する理由は無いのだから
阿弥陀如来の本願により既に救われている?
念仏さえ唱えれば、女人は女人のまま往生できることを示した
・・のが親鸞の女人正機なのである

応仁の乱(1467)の後、親鸞の後、八代目になって蓮如が出現する
庶民というものをはっきり対象として、
念仏以外に極楽往生の道はないことををはっきりと説いた
初めて女性が伸び伸びと暮らすことができる
信仰による講というものが女性を解放する
現代風に言えば自己解放だともいえる
親鸞の女人正機が蓮如によって思想的に完結するのである
鯵庵(30.4.28)

by ajiankyoto | 2018-04-28 21:04 | 親鸞 | Comments(0)

妖怪猫又(ねこまた)

b0355451_10214558.jpg
妖怪というか?昔からの化け物に猫又(ねこまた)というのがある
猫は昔から結構多くのものに化ける
その中でも齢をとって尾が二つに分かれて妖怪となるものがいる
人を食い殺して、なんと人間の女に化けているという
作り話ではない作り話だ
ゲゲゲにも出てくるが、猫又というのはあの「徒然草」にすら出てくる
女の中には猫が齢とって女となったものもいるということだ
これが猫又で、作り話だという根拠もない

ある文学者は「女性の9割は謝ることを知らない動物」だと言っていた
この頃、テレビを見ているとその説が正しいように思えてきた
テレビに出てくる女性、AもIもKもTもMもRもYも・・と言えば
アルファベットを並べるくらいは名を上げられるのではないか
正に謝ることのできない妖怪のパレードである
往生際(おうじょうぎわ)の悪いことに妖怪の本性が出ている
ゆえあって小生のシルバーでの仕事をあかす訳には行かないが
私どものお客さんにも・・まあ、割合は別にしてK型もT型も毎日やってきている
あなたの近くにもいないとは限らない

この説が嫌なのは残りの1割の女性について定義していないことだ
それではその1割女性が花かというと、これがまた謝らなくてもいいのに謝ってばかりの女性なのだ
それではいつまでたってもDVも無くならないし、自立もない
こっちは自分で何も決められない女たちだ
人間社会では謝っても謝らなくても・・結果が悪ければ何にもならない
妖怪は人間を羨んで生きているのだ
妖怪の心を持っている人の割合こそ知りたいものだ

結局?女性はそのパワーを上手く正しく使えない人種なのではないかと思っている
猫又という妖怪は年老いた猫が若き女性に化けていることもあるのだ
人と人の間に、男と女の間に不幸を作る妖怪こそが猫又である
世の中は人間の知恵と妖怪の知恵との戦いなのである
猫又が9割はいないとは思うが、見える人には見える
もちろん読者女性のことではない
鯵庵(9.7改)



by ajiankyoto | 2017-09-07 08:50 | おなご編 | Comments(0)

b0355451_09320168.jpg
女は蝶、完全変態
男はトンボ、不完全変態です、幼虫からそのまんま大人になった
その所為かどうかは知らないが、男は思い切りが悪い
いつまでたっても少年だ、大人にもなりきれない、変身も下手だ
それに比べてサナギの時期を乗り越えた女性は思い切りがよい
また、思い切りの良い女性は美しい、だからこそ女性は美しいと言える

例え話ですので許していただきたい
蝶にもトンボにもオスもおればメスもいる、人間ほどあやふやではないと言われそうな気がする
サナギにならなくてもいいものもいるなら何故サナギになるのだろうか??
それはやはり変体の大きさが違うと言うことだろう
幼虫は栄養を吸収するための消火器のお化け、これをイモムシと言う
ある日幼虫から突然サナギ化するが・・
サナギは先に外形が出来るが中はどろどろの状態らしい、それが、中で固まって必要な臓器が新たに作られると言うことだ
サナギを経たあとは子孫を残すための大人の体に劇的に変身するわけである
成長すると言うより変体するというほうがふさわしい
だから変体としてはサナギになるほうが完全変態と言われるわけである

余談ながら、蝶はそれでもまだ不完全な面もある。
裸のままサナギになるが、蛾は繭を作ってその中でサナギになる、これが本当の完全変態だと言われる
それはさておき、アゲハチョウはミカンやサンショ(ミカン科)の木に卵を産む
幼虫は新芽を食い尽くしてある日突然いなくなる
変体が目的である、別のところでサナギになる不思議な習性を持っている
人もイモムシと言われるほども可愛くないが、貪欲に栄養と知識を吸収した結果は、華麗である
蝶としての運命に逆らうことなく華麗な生き様をしているように思わせられる
いろんなことを合わせて考えてもやはり女性を例えるなら、蝶それもアゲハチョウに例えるのが分かりやすく正しいとも思っている
人の生き方はいかな蝶よりも波乱に富んだものだと思う
その波乱のたびごとに成長していく様を期待して述べているのである
蝶は一度きりのサナギだけど、女性は度(たび)ごとにサナギになればいい
それが人の完全変態の目的である
その反対が男です・・

成人の晴れ着や京都へ来てレンタル着物を着せてもらって変身したなど思っている変態(変体)しない女性のことを言ってるのではありません
変態しなければ女性は肉食のまま・・
余分ながら念のために・・
写真はカマキリ(肉食しかしない女性に例えたりする)
鯵庵(29.8.27改)



by ajiankyoto | 2017-08-27 08:56 | 女紋 | Comments(0)

幸せになりたい


b0355451_08462393.jpg
"自分らしく生きようとしているのに幸せになれないのはどうしてでしょうか"
こんな相談が載っていた
"自分らしく生きていられたら幸せじゃないですか"

こうやって、また嘘を教える人がいる
その通りでもあるが、彼女に理解できる筈がない
自分らしくと言ったって、ファッションのことを言ってるのかもしれないし・・
ひょっとしたら、つけまつ毛のことかもしれないし・・
自分らしさとは自分のために生きることでもないのだよ
そもそも自分らしく生きるという川と幸せになる川とは違う川である
いくら下って行っても違う海に出てしまう

大人になって子供の幸せは求めても得られない
そのくせ子供の幸せが一杯あっても不幸という
分からなければ、自分らしくという幻想を止めることなんだ
優しい言葉でいいから・・特に大事な人には・・
自分らしく生きようとするから幸せになれないと教えてあげるというのが
大人の親切というものである
鯵庵(29.7.27)



by ajiankyoto | 2017-07-27 18:33 | おなご編 | Comments(0)

b0355451_19425036.jpg
「本当にもてたいなら」という話のついでにもう一つ
男は自分が持っている身体的・生物学的優位をもっと理解するべきだというのがスーパー女史の話
〝優位を理解したときにいたわりの気持ちが出る人とあるいはいじめる気持ちになる人に分れる″という
その間はないという
自然にいたわりの気持ちを持てる人は極めて少なく、たとえ優しそうに見える男でも精々1割だというのが女史の論である
またそんな貴重な〝いたわりの気持ちを上手く理解できない女性が必ず増えてくるのが歴史″だという
だから結局"女をいじめる男”と″男を信用しない女”との組み合わせになる

その中でも女性が男性に感じる魅力は三つあるという・・腕力と、性力と、経済力だという
心の中で女性は腕力と経済力は人並ほどほどでいいと思っている
女性が幸せを感じえるのは唯一その男性の持つ"性力”だという
・・性力とは?
〝皆さんもうちょっと深く考えてください″と女史は言う
精力絶倫の精力は腕力の部であるが、確かに精力も性力に含まれる
男性と女性との性差という方が近い
その性差を感じさせる力だという
例えば乙女の頃に初恋の相手に感じたのが性力の初め?
異性に感じさせる生物的本能でありながら、
肉体が成熟するとともに動物的性欲(もしくわ行為)が勝ってしまう、その過程で、意識せずに捨てて来たものだという・・

小生思う・・腕力とか経済力とかでなくてよかった、それなら小生にも可能性がある
下世話に言うあれだね、″色男金と力は無きにけり・・” 
ひょっとしたら・・あるいは″失楽園”?
それは男性に言っているようであるが、キッチリ女性に対しての応援でもあるような気がする
女性はいつまでも乙女心の芯を持っている
ならば女性もせいぜい枯れないでほしい
相手の性力を感じられたら枯れかけた男の本性が思いだせるかも???
もてたいのは男の本能である
前段の”三つのチ”よりは女性の本音に近いかなと思った次第である
写真はそういうことでジョロウグモ
鯵庵(29.7.24)



by ajiankyoto | 2017-07-24 17:38 | おとこ編 | Comments(0)

女紋が似合う女

b0355451_06353189.jpg
その家で定められたもの、これを定紋という
家によっては裏紋とか替紋といってもう一つ二つ持つ家もある
この他にあるのが女紋、家の紋ではなくあくまでも女性が個人で持ち、個人で引き継いでいくもの
女系の名残りかもしれない
このような風習は京都・大坂あるいは近畿地方だけともいう
由緒のありそうな家系育ちの女性にはお持ちの方も多いかもしれない
婚姻の時は実家の家紋であっても構わない
むしろ案内状などではこちらを使う、家の紋だからだが、それでは結婚後は使えないし自分の子にも譲れない
貸衣装の女性の礼服では五三の桐やツタの紋章などで女紋を代用したりしている

何処の家でも家紋があるだけでなく、日本はデザイン性でも奥深い文化を持っているといえる
わが国は長い封建文化により家を継ぐものとして男系で相続していく、その象徴が姓と家紋である
一方、実生活では女系の意識も根強いものがある
娘が嫁に行くときは女紋を持っていくというのが個人のプライドである
祖母の母から祖母に渡り娘である母にも渡りして、今は妹が継いでいる筈だ
が、妹に女子が生まれなかったのでこの筋はそこで終わることになる
姓は継がなかったけど代わりに血とプライドを継いでいるのが女紋である

無くても困らないしものなのだが・・ならば、
貧富にかかわらず・・何処にいても自立できる誇り高き女性なら是非とも定めておくことをお勧めする
あくまでも一個の女性が家と別に持つものだからだ
無ければ作ればいい
重々しくなく自分の好みでのデザインを選べばいい
既成のものから決めても差し支えない
これなら別れても別れなくとも自分の紋であるわけ
ぜいたくを言えば文箱や化粧小物に自分の紋を入れてもらえばいい
将来同じように嫁に行く娘に同じ紋を持っていかせればいい
ひょっとしたら最後は母娘のつながりだけしか信じられないかもしれない

女紋を持てば浮世の風は冷たくも、背筋が伸びてきりきりしゃんと生きていけると信じているからである
女性個人の誇りでもある、が
そのためには女はいつも親を超える女にならなければならない
家が滅びれば家紋は役に立たない、女は女紋を抱いて死ねるって?
それは分かったけどいらぬお節介だって・・鯵庵(5.1)



by ajiankyoto | 2017-05-01 07:00 | 女紋 | Comments(0)

b0355451_08553267.jpg
「京都で生きる」で書いたMさん、ブログを始めてからしばらくたつ
小生も機会あるごとに目を通している
仕事や暮らしの日常の中に、街や人を見る女性の目が光っていて、参考になる
東京のサラリーマン男性と一緒になって子供と一緒に大阪転勤についてきて、おかげ(?)で大阪で離婚
両親のいる東京に帰るかと思いきや大阪の社宅を出るついでに京都で仕事を見つけた
今は、京都で大学生と高校生の子供二人を育てている
小学校から京都の私立に通っていた長女が気丈にも「お父さんがいなくとも京都でならやっていける」と言った
それなら自分も二人の子供と暮らしていけると思った、と言う

京都人になろうと思ったら思い切れたと言う、不思議な力を持った人だ
自然の黒髪もさることながら、きれいな標準語に周りの誰も気づかない
溶け込むように目立たない
もちろん旅行者みたいな東京育ちのアクも嫌味もない
教養の都で培った教養は腐らない?京都も昔はそんな香り高い人を育てていた町だったんだろうと思った
その一方で都の修羅場を引き受けてくれているのが東京である
元のご亭主はこちらでの仕事も上手く行かずに修羅場の東京へ帰って行った、ということらしい・・

街というのは人を受け入れてくれるところのことである
逆に言えば受け入れの下手なのが田舎だともいえる
人生の節目に住むところを選べるということはそう何度もあることではない
その中で都市の持っているイメージは重要だろう
ただ、自分に本当に自分にあうのだろうか、それは分からない

MさんとMさんの娘さんが京都を選んだのは、京都に通学していただけのことかもしれない
新しい暮らしの場所が必要だっただけのことのかもしれない
そんなときに、東京も大阪も、温かく受け入れてくれるいい街だ
しかし、同じ都市でも京都は京都の方から寄ってきてくれる街だ
街には、向こうから近づいてきてくれる街というのがある
というようなことが書いてあった
人は街をさまよっている
ただ、花を求めてさまよってるのではない
人生の転機にこそあいたいそんな街が沢山ある国が豊かなのだろう
鯵庵(4.8)



by ajiankyoto | 2017-04-08 08:23 | 都市 | Comments(0)

強くなければ女でない

化粧せんでもええ人も化粧する
化粧したらええ人も化粧する
化粧しても仕方ない人も化粧する
みんなが化粧したら
化粧で順位は変わらない
化粧せんでもええと思う人からやめてやらんとね
でも化粧の下は仮面だって・・

b0355451_20330616.jpg
女性の敵は女性
長い間男の敵は男だったのだから当たり前だ
女性が男性を敵として戦うなら
先ず女を倒してからでないと危ないよ
女性は強くなければ生き残れない

オリンピックのどこを見てるの
写真はただのデコポン
鯵庵(30.2.14②)

by ajiankyoto | 2017-03-15 07:48 | おなご編 | Comments(0)

花見小路に思う

b0355451_21544275.jpg
京都の祇園花見小路、旅行者で一杯である
小生も一度くらいは祇園で飲みたいと思う
もちろんお茶屋へ上がって芸者を侍らすのでない限り金さえ払えばいくらでも飲める
この頃の舞妓や若い芸者はお座敷でも上手く会話が出来ないで私語ばかりだと
さる大物評論家の先生がおっしゃっていた
そんな現場に小生が立ち入ることはないが、ある意味で貴重な証言である
旅行者でも「夫婦子供連れで歩くのはやめときなはれ」と言うてやりたい

花街(かがい)は京都の中で他の京都と違うのは不倫が許される街である
「不倫は文化」云々を言った芸能人もいるらしい
浮気は病気である
そんなものでも文化などと言いきれるのはいかな京都でも限られた花街だけである

夜の世界はスマートに金を払って遊ぶところである
お茶屋や料亭に来る芸者はそのための接待の専門職スペシャリストだ
金さえもらえばどこへでも行くというのでもないらしいが
それなら、観光客に舞妓や芸妓の技を見せるものではない
置屋もお茶屋もその生活の場と仕事の場
昼も夜もあれほどの勢いで観光客に歩かれ、店の中を覗かれたのでは
何かと不倫には不便なことである

幕末ならともかく
こんな京都で小股の切れ上がった芸妓衆の高度な接待技術が役に立つような商用などあるのだろうか
言っておくが今の花街は遊郭ではない
もちろん遊女や花魁(おいらん)などいない
でも花街の夜の闇は不倫である、そのための街なのだ
芸者が勝手にお客をとることは出来ない
お茶屋を通さなければ世間の眼にさらされる
それが世間の不倫になる

不倫は不義ではない
花街でも、お茶屋のお世話にならなければ素人ということになる
芸者を連れて昼間にホテルにしけ込んだのでは花街のルールに反する
花街の・・などと言うから分かりにくいのだ
大阪ではそれを現代用語で店外デートと言う
不倫の町でも店外デートはご法度なのだ
祇園で遊ぶ人こそそもそも不倫に金はケチりなはんなや
鯵庵(29.2.27)

by ajiankyoto | 2017-02-27 17:16 | おなご編 | Comments(0)