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葬式のレール⑼相続


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いつものことながら暇つぶしにテレビを見ていた
相続に関する法律がちょっと変わって、引き続き「終活」という話題になった
円満な相続のことを考えるならば人並みに・・終活をしておけというのだ
一は預金のありかと額(遺産のこと)
二は誰が介護をするかということ
三は葬儀の仕方のこと、あえて追加すれば誰まで呼べばいいかということ
自分の仕舞いを子供たちと決めておくことこそトラブルを防ぐ方法だとのたまう訳である
うっとおしいものを見てしまった

子供に預金の話をあからさまに出来る親は今は1割もいないだろう
そんなことをする人は生きてる間に地獄を見る
介護のことを子供や嫁にあらかじめ頼んだとて何の保証もない
それどころかなんやかんや言って前金で取られる
葬式に誰を呼ぶかなんて言ったって、そもそも思惑がずれている
来てほしいと言われて行くというものではない
行けなかった時の言い訳のネタもいる

誰かが言っていた、そもそも、相続とは生きてる間に子供らに譲らなかったもののことである
それが葬式を境に死に金になる
親も子もそれぞれ別々の世帯でまるっきり違う家計を営んでいるのである
自分の持っているもので施設でも入ってくれ
そうでなければずっと入院してほしい
そうでなければ元気な時に死んでほしい
そこまで言われれば、息子の扶養家族になるわけにはいかんやろ

そんなことを終活というなら
・・一層のこと家族が集まった時に「残ったものはみな一万円札にして棺桶の中へ入れてくれ」と家族に言ったら叶うだろうか
それが叶わないようだったら、何もしないのと同じことではないだろうか
言えば・・なおさら生きてる間にむしり取られることになる
死出(しで)の旅は一人旅である
小生まだ生きている
その晩、夢で見た話である
鯵庵(30.11.14)

by ajiankyoto | 2018-11-14 19:28 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

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故人が生きていたということは理解できる
でも、そもそも、家族こそが一番故人のことを知っていない
それを知っている人の話を聞くなら、それはそれで人を偲ぶことは出来る
ひょっといたらお通夜の意味はそんなところにあったのかもしれない
それでも人の一生は長すぎる
10年も20年も病気してたら、おかしくなって家族に迷惑かけたことだけ人しか思い出せない
とても皆が言うほど厳しかった人とはとても思えない<・・なんてことになる
サラリーマンだって金貸しだって仕事の成果は評価されるが仕事の癖は正しく評価されることはない
そういう癖の悪さがあると葬儀の参列者の一つの楽しみになることもある
が、昔ばなしは要らないと言われるかもしれない

葬儀は誰のためにあるのかと言えば、残された者のためにあった時代もある
喪主の社会的地位が葬儀を作る
それでいいのだが、時に参列者が困ることもある訳である
自分の親がどんな親だったのか説明できない
テレビドラマのように単純でない、しかしドラマほど複雑でもない
笑い話だけどただの女好きだったと言われるほど単純な生き方をした人は存在しない
家族葬ではもはやそれも必要ない
だから親は単に親である、子は単に子である
家族が集まって遺品整理の話ばかりしておけばいい
それは世の常、凡人も別に困るほどのことではない
死人に個性を感じるのはやはり家族だけかもしれない

人の人生は毀誉褒貶である
世の中(現世)というものはでは人間がみんな集まって出来るだけ都合よいように作ったものである
従って、世間は右と左、上と下、白と黒、・・本物と偽物、正と邪、・・似たものばかりで自分と他人の区別も分からない
警察だって裁判所だって裁けないことが多すぎる
世間のことを世間が裁くのが世間たるゆえんであるどっちみち地獄へ行くのは一人だ
そもそも地獄は現世の資産や地位を認めてくれない、極端に公平な世界だ
閻魔だけが評価する?誰もが通らなければならないのが地獄の門である

絶対の地獄の掟である
その時こそ言いたいことを言えばいい、現世での嘘は通じない
地獄でこそ始めて裁かれ、また地獄で始めて救われる人もいるだろう
そのことを知っているものだけが人生の英雄である
死後のことは天に任せばいいし、自分の身は閻魔に任せるしかない
先に亡くなった分だけ仏に近づける?
せめて年とってから罪はしたくないよな、ご同輩
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今回で吾亦紅シリーズを一応終える
18編に付き合ってくれた人およびその家族の老前・老中・老後・往生・後生に少しでも幸あれと祈る
鯵庵(30.6.17)

by ajiankyoto | 2018-06-17 20:13 | 家族 | Comments(0)

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昔テレビドラマで「渡る世間は鬼ばかり」というのがあった
視聴率が高かった
テレビドラマは「〇〇日曜劇場」や「男はつらいよ」のように人情の機微を優しく表現するものとばかり思っていたからびっくりした
確かに出演者(役柄)が皆鬼だった
全員が思ってることをストレートに遠慮なく語るのだ
皆が心の底に何もためずに感情を出しまくるのだ

このドラマが嫌いだった人の気持ちが分かる
これが自分の家族から出た言葉だったら・・と思えば見ていられない
このドラマが好きだという人の気持ちも分かる
ドラマのように一度や二度は辛抱している自分の本心を口にしてみたいと思う
それが高視聴率の理由だと、あるいは今までの常識を打ち破ったと思えば理解できる
このドラマが長く続いたことには作者なりの工夫があるのだろう

全ての役が老いも若きも男女ともに同じ性格だということである
もっと言えば、皆が人をいじめることが好きで、いじめられることに強いということだ
そして、皆が自分と同じ性格だと確信していることだ
だが、それは未だかって地球上に存在したことのない事例だ
確かに家族でもそういう観点でとらえようとする人もいるだろう
それを嫁と姑の確執ととらえる人はそもそも人が嫌いな人だろう
またそれは家族と他人を同じ枠で考える人だろう

世の中には人が嫌いな人と人が好きな人といる
家族を思うように人に接することを惻隠の情という
相手をおもんばかってやることだ
言ったらいけないことを言わない気持ちだ
言ったらいけないことを言わせない気持ちだ

赤子が泣いてそれが何を訴えてるのか分からない母親はいないはずだ
赤子は泣く以外に表現できないし、母親の都合を分からない
それが子供になり大人になれば分かるように育てるのだ
親の気持ちが分かるほどの大人になるためには年月がかかる
皆が赤子のように自分勝手に喚きだせば家族ではない
が、ドラマだったらそれも可能かもしれない
もう、終わってる家族はセリフがなくてドラマにならないことだけは言える

ぼちぼちこの吾亦紅シリーズも終わりかけである
鯵庵(30.6.15)

by ajiankyoto | 2018-06-15 07:17 | 家族 | Comments(0)

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保険と言えば生命保険がある
保険金は相続の対象外である
親の遺産を当てにするのなら、親に生命保険をかけておくのが一番確実だろう
後ろめたい気がするならやめとけばいい
親の了解でなおかつ多額の掛け金を自分で払うなら問題はない
  
何も残してやれるものがないので、と言って自分の好きな者を受取人にする
テレビコマーシャルが盛んにおこなわれている
生命保険の効用が広がっていると認識すべきだ
"幾つになっても入れます、生涯掛け金は変わりません・・云々"
とはこのことである

例えば掛け金が相当な額になったとしても考え方から言えば生前贈与と同じことである
も一度言えば、力があればその掛け金を自分(受取人)で払えばいい
相続人であってもそうでなくても相続の公平さを妨げない
だからこそ、被相続人(親)の方が積極的にならなければならない
生命保険というのは残されたものの傷を癒すものである
それも確実な絆である

世の中では生命保険で借金(負の遺産)を返す人も現実にいる
保険金詐欺ではないし、今回の場合は自殺まで急がす必要はない
わずかな遺産の分配方法で悩んだり、わずかな遺産の分配で残された人との絆を壊したくないなら・・・である
生命保険の平和利用である
それでなくば相続問題から綺麗に逃れる手はない、少なくとも遺言状より効き目は確かである
鯵庵(30.6.6)

by ajiankyoto | 2018-06-06 14:33 | 家族 | Comments(0)

嫁が来ない?/吾亦紅⑿

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家内の友人が来ていた
話が佳境に入った頃に小生が帰ってきて一緒にビールを飲むことになった
再婚したいという
理由は・・嫁が来ないという
嫁が来ない?男の話ではない

相手はというと、これからだという
何だ・・離婚してから独り暮らしが3年になると言う
子供も孫もあっちへついてしまった、と言う
「あっちへつくならもう来なくていい」と息子に言うたら
嫁が来ない
そして息子も孫も来なくなったと言う

罪なく家を出たのに子供たちが味方してくれない
男の子はと信じるものがあったのに・・そのことがむなしかった
嫁が決めることに夫(息子)や子供(孫)が唯々諾々と従う
そんな力が嫁にあったのだろうか・・と今更思い知らされたという
そんな主旨だ

相談に来ていたわけではないので答えは要らない
仕事もしてないみたいだし食っていけてるのだろうか
ならばまあ再婚には賛成である
でも、孫もおるわけだし、親子の縁は切りにくい
将来のもめ事も無くしておく必要もある
そういっても大金持ちに当たる確率は極めて低いし
もともと、男と女が一緒に暮らすとなれば賢さは必須だ
一時の寂しさだけでは禍根を残す

小生の初夢艶福指数(←クリックで開けます)を披露したくなったが・・
年上の男性を意識した式は女性には失礼な式でもある
歳の差が艶福だというのは偏った考え方である
互いの利害が一致することが世間の定理ではあるが
どちらかが幸せですということだって互いの幸せでもあるのである
若い人には分からないかもしれないけど
この熟女にもまだわからないだろう
離婚は最後に一人で死ぬことに等しい
人生など所詮、打算、・・と覚悟なのだよ
それでも"万事塞翁が馬"とも言う
女性を相手にすると・・歯切れの悪い話である
鯵庵(29.4.18)

by ajiankyoto | 2018-06-05 19:21 | 家族 | Comments(0)

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新しい家族を作ろうとした我ら世代は結局は家族を壊してしまったのではないだろうか
家族は本来の最小単位だが
家族は最大の群れだった
家族が皆一緒に暮らせることが一番の幸せである
原始の時代からの本能の一つだろう
だが実際はそうでなかったこともまた多い
社会生活を行うにつれ家族の単位は小さくなっていく

人間に仕事の歴史はもはや3千年になる
家族を守っていくのは男の仕事だった
守るために戦う為に仕方なく離れ離れになったことの大きな不安も
やがて繰り返しの学習で克服できる社会になってきた
家族は肉体の痛みを共有するものだ
しかし離れたとたんに痛みは半減する

家族に助けられなかった我ら世代は家族として助ける方法を学習していない
家族を壊す仕組みばかりを作ってしまったために
家族を離れたゆえに生きていけない多くの人たちを作ってしまった
家族の単位は限りなく小さくなってやがて個になっていく
ふがいなく、なさけなく・・
まだ小さい方が暮らしやすかったと誤解している
社会は家族の代わりはしてくれない
しかしもう、戻ることはないだろう
鯵庵(30.1.15②)

by ajiankyoto | 2018-06-02 05:14 | 家族 | Comments(0)


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我らサラリーマン、何もないところからやっと家一軒持てるようになった
家族はあったが、今は子供たちが同じように自分の家をこしらえている
小生はツバメ派である
ツバメはオスメス共同で巣作りすることで番になる
どちらかに事故がない限り添い遂げる
代々同じことをしていると思えばいい

小生は今は年金もあるがアルバイトの仕事もある
70歳を過ぎても働いてる人の方が多いし、尊敬できる
今となってはである
親の面倒を十分見ることは出来なかったが、そのかわり親に面倒はかけなかった
そんな生き方を選択したつもりだが、それはあくまで自分の都合であった
そのまま置き換えれば子供に子も供らの都合がある
空腹であろうとなかろうと親からもらえるものがあるなら拒む必要はない

息子が先に亡くなった時、小生ら夫婦がともに息子の相続人だったけど
21歳の息子には財産がなかった
サラ金の借金を遠くまで行って返済したくらいだ
後の方になって・・死亡だったら借金は返さなくともよいと教えられた
本人が死亡しても取りはぐれないためのサラ金業者が保険をかけている
不自然な相続は取りはぐれることが多い、だから保険制度があるともいえる

遊び好きの悪ついでに・・そんなことなら子供の一人も残してくれてもよかったと今は思っている
ひょっとしたらと・・と思う話があったけれど・・そこまで気が回らない
あくまでも仮にではあるが・・いい嫁になる前に、好きな男を失った人が一人はいたかもしれない
あくまでも仮定であるが、それを私たちに言えなかった、としたら私たちも未熟だったのかもしれない
20代は未熟である、人生をテレビドラマでしか知らない
今は子供が大人になって始めて自分も大人になれるのだ
あれから20年の歳月がまた流れて・・あれが我が家が滅ぶ前兆だったのだと気付いた
それも仕方のないことだった
鯵庵(30.5.31)

by ajiankyoto | 2018-05-31 20:04 | 家族 | Comments(0)


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人は腹を減らしているときはただの肉食動物だ
テレビの相続話に戻る
死んだ妹の子には死んだ妹の亭主がいる
その亭主の稼ぎを補うことでもある
し、も一度母親のなくなった時に同じことが起きる
思えば、息子にも妻がおり、娘には夫もいる、それぞれに不都合な子がいたりする
そんな中で、残された母親の面倒を見ることでまたもめるだろう
いい顔していたら間違いなくそれが負担になってくる
いい顔しなくとも取り分が変わらないのならいい顔など無用である

親が亡くなる頃に都合のいい暮らしをしている人は一人もいないだろう
相続の問題をきっちりわきまえるにはそれなりの教養もいる
人は腹を減らしているときはただの肉食動物だ
追いかけて行って襲っても食うし死骸も食う
相続の味を一度覚えるとこれほど楽な獲物はないことに気づくだろう
満腹の時と人が変わるのを肉食動物という

しかも、厄介なのは満腹の時でも都合よく自己肯定の論理を構成できる草食性も併せ持っていることである
変な遺言書が出てきたらそこから解決していかなければならないことになる
故人に裏切られる人もいるだろう
話し合いが決裂した方がもらえる額が多くなるというときにそれで辛抱する人はいない
世間の一般的なセオリーで訴訟になるのは額の多少ではなくこの自己肯定の論理(これを人情という)である
長い人生は努力や誠意こそ金額で報われるものだと信じているのだから

肉食動物の分け前は獲物を得るための貢献度に比例する
誰かより分け前が少ないことだけが辛抱たまらないのだ
それが肉食の論理である
そこまで行ったら、相続関係人皆の同意が得られるということはほとんど無理なことである
結局勝っても負けても判決が出たころには誰も故人の墓にすら参ってくれないこと・・も世の常である
それをまた生きているうちにしてしまうのが時に世間の話題になっている
鯵庵(30.5.29)

by ajiankyoto | 2018-05-29 19:51 | 家族 | Comments(0)

遺言か遺書か/吾亦紅⑻


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遺言はあくまでも法律によって定められた方式に従っていなければならない
普通は「普通遺言」である
自筆で書く遺言と公正証書で書く遺言がある
公正証書は公証人という厳格な人が証人になってくれる
公証人役場というものを知っておく必要はある
自筆の遺言状が出てきたからといって開封してはならない
そのまま、家庭裁判所に持って行って預けて現認を受けなければ無効になる
ただ、公正証書なら現認は必要ない、開封しても有効である

遺言状が複数あると、全ての遺言状の現認を受けなければならない
これが極めて手間な話である
現認とは遺言状の存在を全ての相続人に知らせることだからだ
ほとんど相続協議が始まっていることになる
安物のドラマのように、それぞれが自分に都合の良い遺言を持ってきて相続争いをすることはない
あくまでも日付の一番新しい有効な遺言状だけが遺言なのだ

娘たちが病院へ見舞いに来る日数でたびたび遺言状を書き換えていた人を知っている
そんなことでなくとも・・我ら兄弟姉妹にも同じようなものだ
妹は親が末っ子を最後まで均等に扱わなかったと言って哀しんだ
また姉はこの遺言状は父の本心と違うと言った
開封した父の遺言状にはきょうだい仲良く、「姉・妹達にはその都度出来るだけのことをしてやっているから気にするな」と書いてあった
その父の気持ちを含んで小生が相続協議書を作成した
ほとんど場合全員の納得はあり得ないものだとは思った
しかし、一番割り切れない思いをしたのは最後まで父の病気の介護にあたってくれた小生の妻である
遺言はそのことにはふれていないし、姉も妹も最後までそのことへの感謝は口にしなかった
書くならもっと記憶に残る刺激的なことをと、思う
ただ、兄弟仲良くという父の気持ちは心にしみこんでくるが、遺言としての意義はない
この頃はそれももういいのではないだろうかと思う

葬儀の費用の支払いや香典の開示で兄弟のもめ事に巻き込まれることが増えてきたと葬儀屋も言う
親が亡くなった時が兄弟の分かれ目だと思う
親がいなければ帰るところもないし、孫から見ても家族がいなくなってしまうのだから
どうしても遺言したいなら、弁護士なり公証役場なりに足を運ぶことだ
そうでないと人生最後の遺言が無効だったり・・反対のことになったりする
遺言に最後の説教を書いたうちの父親が正しかったのかもしれない

法律用語では遺言は「いごん」と発音する
遺言(いごん)と遺書(いしょ)とは違う、遺書には書式がない
小生のように毎日ブログで遺書(のつもりで)を書いていけばいいのだ
ということでこのシリーズまだ続く鯵庵(30.5.27)

by ajiankyoto | 2018-05-28 08:34 | 家族 | Comments(0)


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相続は相続者(子供ら)の権利だと誤解している人が多い
私有財産は財産所有者の意図があって初めて人に譲ることが出来る
その第一が略取で、第二が詐欺で、第三が売買で、第四が贈与である
第五があれば相続ということになる
これだけが血縁関係を要件として譲渡されることになる
しかし、血縁関係?のないのが配偶者である
配偶者に関して結えば財産は二人で作られたものであるからだ
子に関していえば、子に残してやれるものにして譲りたいのは親の生存本能である
有形・無形もしくは動産・不動産の区別はない、資産はその一つで他人が侵すことのできないものである
その財産には親の親、そのまた親、そのまた親から譲られた財産を含む
何代か遡れば略取から始まっているかもしれないが、それを資産という
資産は家族にとっての共有財産だ

そこに家族という定義が必要なのだ
第一項で書いた30年も顔を出さなかった孫に相続権があるのはそのことによる
家族でないともいえるし、離れていたからとて家族だともいえる
その位置を決めるのは故人である
たとえ、故人がそのことを忘れていたからと言っても、故人にとっての家族であるのは明確である
その孫が生まれた時には故人にも祝福されたのだから・・
だが、叔父にとって30年も顔を出さなかった甥は家族ではなくもちろん相続人ではない
利害が一致する筈は絶対にない

「何も言わず亡くなった故人にとっての家族」と
「何も言わずに生きてた時の故人にとっての家族」とは既に家族の定義が違うのだ
それを少しでも近づけることが出来るとしたらそれは遺言になる
が、しかし、それもまた残された家族それぞれの考える家族の定義とは合致しないこととなる
被相続人も遺言の権利だけあると知るべきである
それが実行されるかどうかを知る権利はないとも知るべきである
実行されなかった遺言ではそもそも成仏できない?
いやその頃には既に仏になっていてそんな遺言状にこだわっていないと閻魔が言っていた
この話まだ続けます、鯵庵(30.5.25)
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by ajiankyoto | 2018-05-27 20:08 | 家族 | Comments(0)